カテゴリー: 空気

  • 飾りたいものは、まだ少し待っている。

    homeflow — room & waiting

    本当は、好きなものをたくさん飾りたい。好きな布や絨毯を壁にかけたいし、色のあるガラスの花瓶も置きたい。少し変なものも買いたい。お気に入りの椅子も、ちゃんとそこに置きたい。

    でも今の家では、そういうものを好きな場所に置くのが少しむずかしい気がする。

    リビングは、飾るというより、動ける場所になっている。トランポリンを置いたり、リフティングをしたり、体幹トレーニングをしたり、PK合戦や風船バレーをしたりもする。

    ソファーは壁に寄せている。テレビも本棚も壁沿いにある。ダイニングテーブルだけは丸テーブルで、キッチン側の真ん中に置いている。そうすると床が空く。人が動ける。ボールも転がる。

    だからリビング側には、花瓶や割れるものはたくさん置けない。壊れたら悲しいものも、やっぱり置きにくい。
    廊下も、鬼ごっこをしたり、兄弟げんかで走ったりすることがあるから、好きなものを飾る場所にはなかなかならない。

    学校関連のもの、習い物のもの、問題集、参考書、色とりどりの絵本、おもちゃ類。背表紙がガチャガチャした、でも役に立つ漫画もある。

    そういうものが、リビングの近くにある。すぐ手に取れて、すぐ広げられて、誰かが通りすがりに少し見たりする。きれいに隠したら、もっとすっきりするのかもしれない。でも今は、この近さがうちには合っている気がする。

    飾る場所がないというより、飾っても、好きな空気のままではいられない気がして、最初から諦めているところもあるのかも。
    花瓶を置いても、問題集の空気が勝ってしまう。椅子を置いたら、ボールを蹴るときに邪魔者になってしまう。

    でも、それが嫌だというだけでもない。今の家が嫌いなわけではない。

    広く空けた床では、ボールが転がる。トランポリンの音がする。足技の練習をして、リフティングをして、風船バレーをしている。飾る場所は少なくなるけれど、この床があるから動ける。

    この床で、たくさん練習して、たくさん体を動かして、少しずつ大きくなっていく。その感じを見ているのは、やっぱりうれしい。

    好きなものを全部は置けないけれど、嫌いな空気にはしていない。問題集も絵本もおもちゃも近くにあって、体が動いていて、その中に私の好きも少しだけある。

    キッチン側の棚の上は、好きなものを並べている。そこはテーブルに守られていて、ボールも少しだけ届きにくい。走り抜ける場所にも少しだけなりにくい。実用のものも、好きな空気も一緒に置ける。

    でも、そこにも、すごく高いものや、壊れたら悲しいものを買ってまで置く勇気はまだない。手持ちのものを、好きな空気で並べている感じ。完全に自由に飾れているわけではないけれど、大好きな感じがする場所。

    買い物に行って、いいなと思うものを見ても、「うちにはまだ早いね」と思って帰ることがある。買ってきても押し入れにしまわないといけないなら、それはやっぱり少し悲しい。

    それでも今の生活は、自分の人生の宝物だと思っている。床が空いているから走れる。和室まで続いているから遊べる。問題集も絵本もおもちゃも、すぐそばにある。笑顔の家族と過ごす時間の中に、私の好きもなんとなく一緒にいられる。

    すごく整っているわけではないけれど、すごく幸せな空間だと思う。

    好きなものは、まだ少し待っている。

    我慢でもなくて、楽しい先延ばしなのかもしれない。だって、今が一番楽しいから。これからもずっとそう思って生きていけたらうれしい。

    text — homeflow編集部

  • 初夏の曇りは、少し安心する。

    homeflow — light & cloudy

    初夏の曇りの日が、少し好き。晴れている日ほど日差しが強くなくて、外に出る時の警戒が少しゆるむ。日焼けも少しましな気がするし、暑さも少しやわらぐ。体の構えが、少し抜ける感じがある。

    雲は白っぽくて、家の中は少し暗い。でも、その暗さが嫌ではなくて、むしろ落ち着くことがある。強い光が入ってこない分、部屋がしんとしている感じ。

    初夏の曇りは、少し安心する。
    光の強さも、部屋の居心地なのかもしれない。

    text — homeflow編集部

  • 使っていない部屋にも、風が入る。

    homeflow — air & window

    夫は空気の入れ替えが好きみたいだ。
    気づくと家の窓が開いている。リビングだけじゃなくて、使っていない部屋の窓も、よく開けてくれる。

    夜、寝ようと思ったら、どこかから風が入ってくる。あれ、昨日の寝る前に窓閉めたけどなぁ、と思う。
    使っていない部屋に物を取りに行くと、カーテンが少し揺れていたり、廊下に風が抜けていたりする。
    誰もいない部屋なのに、空気だけが動いている感じ。

    使っていない部屋にも、風は入っている。人がいない場所にも、風の通り道ができている。家の中には、自分が知らないところでも、空気が動いていることがある。

    使っていない部屋にも、風が入る。 人がいない場所にも、空気の流れがあると、家は少し変わる。

    text — homeflow編集部

  • 雨の日、靴を守ったら足が濡れた。

    homeflow — air & place

    雨の日は靴を濡らしたくなくて、ちょっとそこまでならサンダルで出ることがある。濡れてもいいし、すぐ乾くし、靴は守れる。そう思って出る。

    でも、気づくと足が濡れる。お迎えで園庭を歩くと、砂も足に貼りつく。
    びしょ濡れで砂もついて、帰る。
    裸足で玄関を上がったら、床が濡れた。
    雑巾で足を拭いて、床も拭いた。

    足を洗った。
    サンダルも洗った。

    靴を守ったのに、足を洗って、床を拭いて、サンダルも洗っている。やっぱり靴が良かったなぁ、と思う。でも次の雨の日も、また迷う気がする。

    text — homeflow編集部

  • 好きなものは、だいたいうちに合う。

    homeflow — sense & things

    好きなものは、だいたいうちに合う。
    私の好きな家だから。

    うちに合わないから買わない、というより、うちに合わないものは、そもそもそこまで好きにならない気がする。

    でも、好きだから全部買うわけではない。

    高いものは高い。
    置く場所がないものは置けない。
    もう十分ある、と思うものもある。

    かわいい、好き、と思っても、この大きさ使わないか、と思ってやめることもある。

    好きじゃなくなったわけではない。

    ただ、今日は連れて帰らない。

    それくらいのことは、普通にある。

    text — homeflow編集部

  • 公園の駐車場で、少しぼーっとしていた。

    homeflow — park & memory

    学生の頃は、ぼーっとするのが好きだった。

    大きい公園に車で行って、そのまま駐車場で少しぼーっとしていることがあった。
    ピクニックができそうな、芝生があって、木があって、車で行けるような公園。

    本当は、車を降りて芝生に寝転びたくなる。
    でも、さすがに一人で寝転んでいたら、ちょっと変な人かなと思ってやらなかった。

    そのかわり、車のシートを倒してゴロンとする。

    それも、なかなか気持ちよかった。

    公園に来たのだから、降りて歩けばいいのに。

    でも、なんとなく車の中にいる方がよかった日もある。

    外に出たいわけではない。
    でも、家や部屋の中にいたいわけでもない。

    公園の近くまで来て、車の中から空や木を見ているくらいが、ちょうどよかったのかもしれない。

    特に理由はない。
    ただ、少し守られている感じの方がいい時もある。

    今でもたぶん、ぼーっとするのは好きだ。
    でも今は、いろいろ気になる。
    子供とか、子供とか、子供とか。

    公園に着いたら、だいたい、さあ行こう、となる。
    車を停めて、ドアを開けて、後部座席に散らばったものをかき集める。

    ちゃんと荷物をまとめて出発したはずなのに、なぜか水筒とか帽子とかお菓子の袋とか、いろいろ散らばっている。

    最近は少ししっかりしてきたので、かき集める量も少し減った気がする。

    それでも、駐車場で一人でぼーっとする感じではない。

    でも、大きい公園の駐車場に車を停めると、たまに思い出す。

    あのまま少しだけ座っていた時間。
    何をしていたわけでもない。
    たぶん、ただぼーっとしていただけだ。

    text — homeflow編集部

  • 何かの部品を、とりあえず置いておく。

    homeflow — kitchen & small things

    なんか見たことある部品みたいなものが、よく落ちている。

    これ、何だっけ。

    そう言いながら、とりあえずキッチンのやちむんのトレーに置いておく。

    すぐには捨てない。

    何かの部品のような気がする。 どこかから外れたもののような気がする。 でも、今は何の部品なのかわからない。

    しばらくすると、あ、これの部品だったのね、となることがある。

    おもちゃだったり、文房具だったり、何かのふただったりする。

    逆に、いつまでたっても何も現れないこともある。

    これは何だったんだろう、と思いながら、結局捨てる。

    正体がわかるまで、少しだけ保留にしている。

    見えるところに置いておくと、ちょっと忘れにくい。

    引き出しに入れたら、たぶんもう忘れる。

    でも、トレーの上にあると、通るたびに目に入る。

    まだいるのか。 もう捨ててもいいのか。 そのうち、わかるのか。

    そういう小さいものが、キッチンのすみに少しだけ置かれている。

    片づいているとは言えない。

    でも、すぐに捨てるほどでもない。

    何かの部品かもしれないものを、しばらく生活の見えるところに置いておく。

    それくらいの保留は、あってもいい気がする。

    text — homeflow編集部

  • 車の鏡は、少し厳しい。

    homeflow — mirror & light

    明るい車内で鏡を見ると、だいたい終わっている。

    アラしかない。

    うちの洗面所の鏡は、かなり優秀だ。

    なんか少しだけ、きれいに見える。

    ライトがふんわりしているのかもしれない。壁の色なのかもしれない。よくわからないけれど、洗面所で見る顔は、まだ少し安心できる。

    でもそれは、事実が見えていないということなのかもしれない。

    車の中は違う。

    昼間の明るい車内で、ふと鏡を見る。すると、急にいろいろ見える。影も、毛穴も、乾燥っぽさも、全部そこにある。

    さっきまで洗面所では大丈夫だったのに、と思う。

    同じ顔のはずなのに、場所が変わると全然違う。

    外のトイレの鏡も、たまに厳しい。白い光が強すぎると、顔が少し置いていかれる感じがする。

    逆に、少し暗めのお店の鏡だと、なんとなく大丈夫な気がする。

    何が本当なのか、よくわからない。

    たぶん、全部本当なのだと思う。

    洗面所の顔も、車の顔も、外の白い光の中の顔も。

    でも、できれば私は、うちの洗面所くらいの顔で生きていきたい。

    鏡によって、顔が違う。

    光って、なかなか勝手だと思う。

    text — homeflow編集部

  • 玄関に、靴の種類が多すぎる。

    homeflow — shoes & entrance

    玄関に、靴の種類が多すぎる。

    スポーツ用の靴。スパイク。登校用の靴。普段履き。長ぐつ。サンダル。

    足はそんなにたくさんないのに、靴はなぜか多い。しかも、どれも一応いる。そこが困る。

    スパイクはサッカーでいる。登校用の靴は学校でいる。普段履きもいる。雨の日には長ぐつがいるし、夏にはサンダルもいる。使っていないわけではない。だから、捨てればいいという話でもない。

    でも、入り切らない。

    玄関に靴が並んでいると、家族の動きがそのまま出ている感じがする。誰かが学校に行って、誰かが練習に行って、誰かが雨の日に外へ出て、誰かがちょっとそこまで行く。

    きれいに整った玄関には、なかなかならない。

    靴箱に入れたはずなのに、気づくとまた出ている。明日も使うから、すぐ履くから、とりあえずここに置くから。そうやって玄関に靴が増えていく。

    種類が多いということは、それだけ出ていく場所があるということなのかもしれない。私は片づけたいのに、靴だけはなぜか家族の予定を連れてくる。

    学校、グラウンド、買い物、雨の日の道、夏の外。靴は、それぞれの場所へ行くためにある。

    そう思うと、少しだけ悪くない。

    でも、やっぱり入り切らないものは入り切らない。

    玄関に並んだ靴を見るたびに、多いなあと思う。でも同時に、この家はみんな出たり入ったりしているんだなとも思う。

    今日も誰かの靴が、少し斜めになっている。

    text — homeflow編集部

  • 食洗機を開けると、少し湯気が出る。

    homeflow — kitchen & air

    食洗機を開けると、少し湯気が出る。

    洗い終わった皿がまだあたたかくて、コップの中に水滴が残っていて、スプーンも少し熱い。台所に、一瞬だけ白い空気が出る。

    あの湯気、ちょっといい。

    顔に当たると、これスチーム効果あるんかな、と思う。たぶんない。むしろ熱いし、普通に食洗機の湯気だ。

    でも、開けた瞬間にふわっと出てくる感じは少し好きだ。

    食器を洗ったのは機械なのに、湯気を見ると、ああ一つ終わったなと思う。皿もコップも、さっきまで使っていたものなのに、少しあたたかくなって戻ってくる。

    完全に乾いていないこともある。コップの底に水が残っていたり、タッパーのふちに水滴がついていたりする。そこは普通にちょっと面倒だ。

    でも、湯気が出ると、台所が一瞬だけやわらかくなる。

    食洗機はただの家電なんだけど、開けた時の白い空気だけは、少しだけいい。自分で洗っていないのに、終わった気になるところも含めて

    text — homeflow編集部