カテゴリー: 暮らしの空気

  • 光が好き。


    昔から、光が好きだ。

    でも、ただ明るい光が好きなわけではない。 たぶん私は、”空気が見える光”に惹かれている。


    何かを通った光が好き

    自然光が好きだ。 特に、何かを通った光が好きだ。

    昔のゆらゆらしたガラスを通る、少し柔らかい光。 障子を通った、白くぼやける光。 ガラス越しに差し込む、少し屈折した光。

    空気ごと光っている感じ、とでも言えばいいのか。 そういう光に、ずっと惹かれてきた。


    反射する光

    海に反射して、キラキラ揺れる光。 雨上がりの森で、雫に反射する光。 ガラスとガラスが並んでいるだけで、光が綺麗に見える時もある。

    おじいちゃんは百姓だった。 日焼けした肌に、光がツヤっと反射していた。 そういう光も、好きだった。


    旅先の朝の光

    お休みの日や、旅行先の朝の光も好きだ。

    ホテルの白いシーツに落ちる朝日。 少し静かな街。 まだ人が少ない空気。

    その時間だけ、世界が少し透明になる感じがする。


    揺らぎのある光

    真っ暗な夜に、 昔ながらのオレンジ色っぽい灯りが、 一箇所をぽつんと照らしている感じも好きだ。

    昔見たガス灯の光も綺麗だった。 ろうそくの、少し揺れる光も好き。 キャンプの焚き火も、ずっと見ていられる。

    たぶん私は、均一で強い光より、 揺らぎのある光が好きなんだと思う。


    夕方の空

    夕方の空も好きだ。

    オレンジ。 ピンク。 少し紫がかった色。

    全部が混ざり合って、なんとも言えない光になる。 雨上がりの澄んだ空気の中で見る夕空は、特に好きだ。


    光で変わる空気

    今思うと、 私はずっと、”光そのもの”というより、 光で変わる空気に、惹かれてきたのかもしれない。

    均一じゃない光。 揺らぐ光。 何かを通った光。 反射した光。

    そういう光の中にいると、 空気ごと、少し変わる感じがする。

    その感じが、好きなんだと思う。

  • 白が好き。


    昔から、白が好きだ。

    特に、真っ白に惹かれてきた。


    白ベースだった頃

    今みたいに、オールホワイトが普通じゃなかった頃から、 上下白の服を着ていた。

    当時は、黒をベースにする人が多かった気がする。 黒に何かを合わせる。

    でも私は、白に何かを合わせていた。

    高校の頃は、ストリートっぽい格好も好きだった。 でも大学に入る頃、真っ白のワンピースに一目惚れした。


    真っ白のワンピース

    よく着ていた。 下にはパンツ。

    まだ「パンツオンスカート」に人権がなかった頃(笑)

    でも、ワンピースだけだと、少し綺麗すぎた。 整いすぎていて、自分の感覚とは少し違った。

    少し、ズレを入れたかった。 その方が、自然だったんだと思う。

    そうやって着ているうちに、 白の布が揺れる感じとか、 光を含む感じとか、 そういうものが、好きなんだとわかってきた。

    白を着ている自分も、好きだった。


    白って、難しい色でもある

    冷たく見えたり。 浮いて見えたり。 生活感がなくなったりもする。

    でも私は、ずっと、 “光を含む白”みたいなものに惹かれてきた。

    真っ白というより、空気を含んだ白。 透き通っているけど、温度がある白。


    白が作る空気

    真っ白なホテルのシーツ。 少し生成りの布。 白い器。 スペインの白い壁。 茶室の静かな白。 ミルクみたいな白。

    どれも、色が白いというより、 白が作る空気が好きなんだと思う。

    光を含む感じ。 静かで、でも温度がある感じ。 そこにいると、少し呼吸が深くなる感じ。

    たぶん私は、色そのものじゃなくて、 白が作る空気に、ずっと惹かれてきたんだと思う。

  • そういうのが、私のルーツ。


    うちの母は、「いいもの」が好きな人だ。

    高いものじゃない。 いいものを見抜く目がある、ということだ。

    素材を見る目。 味を見る目。 手間を見抜く感覚。


    外食で簡単には「美味しい」と言わない

    母は、料理が上手だ。 何を作っても、美味しい。

    でも、外食で簡単には「美味しい」と言わない(笑)

    本当に美味しいものに出会った時だけ、 「あ、美味しいね」と言う。

    それって、 家で食べているものの基準が高いからなんだと思う。

    新鮮な野菜を見抜く目。 活きのいい魚を見抜く目。 美味しい肉を手に入れる方法。 少し鮮度が落ちたものでも、ちゃんと美味しく料理する感覚。

    魚をおろすのも上手で、刺身もきれい。 握り寿司まで、普通に作ってしまう。


    「美味しそう」を、自分で作ってみる人

    母は、「美味しそう」と思ったものを、自分で作ってみる人だ。

    パエリアも、フォーも作る。 パスタも上手。 クリスマスには、鶏の丸焼きをオーブンで焼いていた。 ピザも、かなり早い頃から家で手作りしていた。

    誕生日ケーキも、手作りだった。 蝶々の形のケーキを作ってくれたことを覚えている。

    今みたいに、簡単に情報が手に入る時代じゃなかった。 でも母は、自分で考えて、工夫して、作っていた。 それが、すごく嬉しかった。

    ハンバーガーもよく家で作ってくれた。 ちゃんと紙で包んで、ポテトも紙の入れ物に入っていた。

    ただご飯を作るだけじゃなく、 “楽しい空気”まで作ってくれていたんだと思う。


    なんでも、手作りにしてしまう

    味噌。出汁醤油。ドレッシング。ポン酢。キムチ。麹。 なんでも作ってしまう。

    庭もすごい。

    狭い庭なのに、 トマト、ナス、キュウリ、ゴーヤ、大葉、ネギ、白菜、ブロッコリー、 アスパラ、ミカン、柿、フェンネル、ディル、パクチーまで育てている。 ケールも、フリルのものと普通のもの、両方。 ビーツまである(笑)

    だから、おしゃれなジューススタンドで健康そうなジュースを見ると、 「家で飲めるな」と思ってしまう。

    梅をもらえば、毎年梅仕事。 たけのこを大量にもらえば、大鍋で湯がく。 それが本当に美味しい。

    そのお礼に、母は手作りのパンやカステラを渡す。 しかも、お店みたいな完成度。


    裁縫も、DIYも

    裁縫もすごい。 服も作るし、お直しも上手。 靴下まで、可愛く繕ってしまう。 お店に出すより上手なんじゃないかと思うくらい。

    DIYも得意で、家のものも色々作ってしまう。 昔は今みたいに厳しくなかったから、 電気配線まで自分でやっていたこともある(笑)

    なんでも、「自分でやった方が早い」人なのだ。


    「手間はお金。」

    母のおばあちゃんが、昔こう言ったらしい。

    「手間はお金。」

    自分でやれば、意外と簡単で、しかも美味しい。 でも、それをお店で買うと高い。 その”手間”に、価値がある。

    母は、それをずっと実直に体現している。


    そういうのが、私のルーツ

    今思うと、 私が古いものや、手仕事や、素材感や、 市場や、暮らしの空気に惹かれるのも、

    そういう家で育ったからなのかもしれない。

    本物を見抜く感覚。 手間を惜しまない姿勢。 暮らしを自分の手で作っていく感覚。

    全部、あの家から来ている気がする。

    そういうのが、私のルーツ。

  • IKEAが好きだった。


    私の中では、ずっと「アイキア」だった。 コストコは「コスコ」。

    カナダにいた頃に覚えた呼び方が、そのまま自分の普通になっていた。 日本に戻った時、IKEAはまだなかった。 コストコも、あるにはあったけど、まだそんなにメジャーじゃなかった。

    だから「アイキア」「コスコ」の時代が、私には長かった。

    数年後、IKEAが日本に本格上陸して、 コストコも少しずつ広がっていって、 みんなが「イケア」「コストコ」と呼び始めた時、 少し不思議な感じがした。


    初めてアイキアに入った時

    カナダにいた頃、初めてIKEAへ行った。

    「なんて可愛いんだろう」と思った。

    海外っぽい色。 暮らしの見せ方。 小さい雑貨。 部屋ごとに作られた、生活の気配。

    その頃の私は、 好きなデザインや暮らしの作り方を、少しずつ学び始めた頃だった。 古いものは昔から好きだった。 でも、「なぜ好きなのか」とか、「どう組み合わせるか」とか、 そういうことは、まだわかり始めたばかりだった。

    自分の「好き」に、いろんな情報が足され始めていた頃。 IKEAは、その入り口の一つだったんだと思う。

    「かわいい!」「いいな!」「欲しい!」という気持ちが、 すごくまっすぐだった。 しかも、学生でも買えるくらい安い。

    最初に買ったのが、シューズブラシと、ハートの手がついたクッションだった(笑) なんでそれを選んだのか、今となってはよくわからない。 でも、「ああいう暮らし」に、ワクワクしていたんだと思う。


    ホームステイだから、置けない

    私はホームステイだった。

    「あれも欲しい」「これも可愛い」 と思うのに、自分の家じゃないから、買っても仕方ない。

    その感覚が、少し切なかった。

    その時、「家族と暮らしたいな」と思った。 今思うと、”自分の家庭”を持ちたかったんだと思う。

    自分の空間を作って、 好きなものを置いて、 暮らしを作りたかった。


    友達のシェアハウスの引っ越し

    カナダ人の友達が、シェアハウスへ引っ越す時、 IKEAへ一緒に買い物へ行ったことがある。

    家具を選んで、雑貨を選んで、 「ここにこれ置こうか」と話している時間が、 すごく楽しそうだった。

    羨ましかった。

    「自分で暮らしを作る」って、こんな感じなんだと思った。 その時間が、ずっと頭に残っていた。


    ハートのクッションは、後の部屋にも混ざっていた

    そのクッションは、 後になって、自分の部屋を作り始めた時にも使った。

    白い布のベッドカバー。 帯。 古いドレッサー。 代官山で見つけたアンティークの椅子。

    その中に、カナダのIKEAで買ったクッションも、 ちゃんと混ざっていた。

    旅で出会ったものが、暮らしの一部になっていく。 その感じが、嬉しかった。


    日本にIKEAが来た時

    日本にIKEAが上陸した時、 やっと来た!と思った。

    でも、不思議と、 カナダで初めて行った時ほどの感動はなかった。

    もちろん今も、行くと楽しい。 でも、「あれも欲しい!これも欲しい!」という感じでは、なくなっていた。

    人の感覚って、変わるんだなと思った。

    あの頃の私は、 家具や雑貨を見ていたんじゃなく、 たぶん、未来の暮らしにワクワクしていたんだと思う。

  • 自分の部屋をつくるのが好きだった。


    大学の後半になった頃、部屋が変わった。

    研究室で過ごす時間が増えて、 レポートも、友達の家や図書館でやるようになって、 だんだん自分の机を使わなくなっていった。

    そんな頃、おばあちゃんの家から、古いドレッサーを持って帰った。


    ドレッサーが来た日

    おばあちゃんは、私が小学三年生の頃に亡くなった。 そのドレッサーは、長いこと暗い奥の部屋に置かれていて、 使われていなかった。

    でも、優しい白と、少しヨーロッパ家具っぽい脚が、とても可愛かった。 猫足ではないけど、そういう雰囲気。

    「持って帰ってもいい?」と聞いて、自分の部屋に置いた時、 すごく嬉しかった。

    その瞬間、部屋の空気が変わった気がした。


    勉強机を、撤去した

    思い切って、勉強机をなくした。

    ベッドとドレッサーを中心に、 自分の部屋を作り始めた。

    ベッドは、二段ベッドを崩した木枠のベッド。 そこから、少しずつ、好きなものを置いていった。


    帯と、白い布と、木枠のベッド

    その頃、着物が好きだった。 古着の着物市で、重たい帯を買った。 たぶん、結婚式で使うような、刺繍のきれいな帯。 ピンク系の刺繍が、本当に素敵だった。

    普通は、ベッドの足元に横向きに置くのかもしれない。 でも私は、帯をちゃんと見せたかった。 だから、ベッドに縦長に置いた。

    そうすると、白い布のベッドカバーが合う気がした。 カバータイプじゃなく、布をふわっとかける感じ。 木枠とのバランスも、その方がきれいだった。

    それだけだと少し寂しいから、 昔から好きだった、ハートの手がついたクッションも置いた。 フランフランで見つけた、黄色とピンクのシマシマに 透明のスパンコールが素敵な小さめのクッションも、アクセントに。


    代官山で見つけた、アンティークの椅子

    代官山で見つけたアンティークの椅子も、大好きだった。 白っぽいフレームに、朱色の座面。 少し低めで、本当はくつろぐための椅子だったと思う。

    その古さと、少し色褪せた感じが、またよかった。

    でも、ドレッサーの椅子にした。 しかも、部屋に入った時に椅子が見えるように、横向きに置いていた。 使う時だけ、ドレッサーの方へ向ける。

    そういうことを考えるのも、楽しかった。


    好きなものを、自由に飾っていた

    壁には、インド土産の操り人形。 沖縄のアダン葉の草履。 鳥の置物。 ふざけたお面。

    好きなものを、自由に飾っていた。

    整いすぎてないけど、自分の好きな空気だった。 大好きな部屋だった。


    今思うと、あの部屋から始まった気がする。 好きなものを選んで、空間を作っていく感覚。

    それが、今の自分の暮らしにも、 どこかつながっている気がしてる。

  • 平日の昼に、少しだけ息を整える。


    子どもたちは学校へ行った。 静かな昼間。

    会社が休みの日に、 夫と少しいいお店に行くことがある。

    特別な記念日じゃない。 ただの、平日の昼。


    白い器と、少し古いグラス

    静かな店内。 白い器。少し古いグラス。 ゆっくり流れる時間の中に、ただいる。

    呼吸が、少し深くなる気がする。

    特別なことは何もないのに、 なんだか整った感じがする。


    何より、お酒がおいしく飲める

    何より、お酒がおいしく飲める。 ワインでも、日本酒でも、ビールでも。 料理に合うお酒がある。 急がなくていい空気がある。 そういうお店が、好きだ。

    好きなお店には、共通点がある気がしてる。

    料理がおいしい。それが一番。 素朴な素材なのに、野菜の味が濃くて、 それがちゃんと感じられる調理がされてる。 きれいな盛り付け。落ち着いた雰囲気。 上質なものが、さりげなく使ってある。

    派手じゃない。 でも、ちゃんとしてる。

    それは、家で大事にしたいものと、 どこか同じ感覚な気がしてる。

    子どもを連れていかないから、落ち着いた空気が流れる。 たまにはそういう時間も、正直悪くない(笑)


    家が好きだから、外も楽しめる

    家が好きだ。 帰ってくるとほっとする。 子どもたちがいる空間が、好きだ。

    外にも、好きなものがある。

    おいしい料理。 合うお酒。 落ち着いた空間。 大人同士の会話。

    息抜きというより、 好きなものをゆっくり楽しみたい、という感覚に近い。

    子どもが楽しめない場所は、旦那と行く。 好きなものが似てるから、一緒にいると楽しい。

    家が好きだから、外も楽しめるのかもしれない。

    帰る場所がある。 ほっとできる場所がある。 だから、外に出ても楽しめる。