ブログ

  • レシートは、すぐ捨てたい。

    homeflow — wallet & paper

    レシートは、すぐ捨てたい。最近はそう心に決めている。

    もらったら、すぐ捨てる。いらないものは、財布に入れない。そう思っている。

    でも、なぜか一回財布に入れる。

    今ここでは捨てない。あとで捨てようと思って、財布に入れる。そして、だいたいあとで捨てない。

    レシート。領収書。受け取り証。クーポン。

    少しずつ違う顔をして、財布の中に入ってくる。

    これは一応いるかもしれない。返品するかもしれない。交換するかもしれない。金額を確認するかもしれない。このクーポンは、使うかもしれない。

    そう思っているうちに、財布がパンパンになる。

    財布を開けるたびに、なんか厚いなと思う。そしてある日、急に嫌になる。

    なんでこんなに入っているんだろう。

    そう思って、車の助手席でいきなり整理し始める。

    家に帰ってからやればいいのに。でも、その時に嫌になったのだから、もうその時にやるしかない。

    レシートを出して、領収書を出して、受け取り証を見て、クーポンを見て、これはもういいか、と思いながら分ける。

    たぶんほとんどいらない。

    でも、全部いらないとは言い切れない。返品とか、交換とか、なくもない。

    その「なくもない」が、けっこう強い。

    だから一回財布に入る。

    その一回が、けっこう強い。

    レシートは、すぐ捨てたい。本当にそう思っている。

    でも今日もたぶん、どこかでもらったら、一回財布に入れると思う。

    text — homeflow編集部

  • 公園の駐車場で、少しぼーっとしていた。

    homeflow — park & memory

    学生の頃は、ぼーっとするのが好きだった。

    大きい公園に車で行って、そのまま駐車場で少しぼーっとしていることがあった。
    ピクニックができそうな、芝生があって、木があって、車で行けるような公園。

    本当は、車を降りて芝生に寝転びたくなる。
    でも、さすがに一人で寝転んでいたら、ちょっと変な人かなと思ってやらなかった。

    そのかわり、車のシートを倒してゴロンとする。

    それも、なかなか気持ちよかった。

    公園に来たのだから、降りて歩けばいいのに。

    でも、なんとなく車の中にいる方がよかった日もある。

    外に出たいわけではない。
    でも、家や部屋の中にいたいわけでもない。

    公園の近くまで来て、車の中から空や木を見ているくらいが、ちょうどよかったのかもしれない。

    特に理由はない。
    ただ、少し守られている感じの方がいい時もある。

    今でもたぶん、ぼーっとするのは好きだ。
    でも今は、いろいろ気になる。
    子供とか、子供とか、子供とか。

    公園に着いたら、だいたい、さあ行こう、となる。
    車を停めて、ドアを開けて、後部座席に散らばったものをかき集める。

    ちゃんと荷物をまとめて出発したはずなのに、なぜか水筒とか帽子とかお菓子の袋とか、いろいろ散らばっている。

    最近は少ししっかりしてきたので、かき集める量も少し減った気がする。

    それでも、駐車場で一人でぼーっとする感じではない。

    でも、大きい公園の駐車場に車を停めると、たまに思い出す。

    あのまま少しだけ座っていた時間。
    何をしていたわけでもない。
    たぶん、ただぼーっとしていただけだ。

    text — homeflow編集部

  • 何かの部品を、とりあえず置いておく。

    homeflow — kitchen & small things

    なんか見たことある部品みたいなものが、よく落ちている。

    これ、何だっけ。

    そう言いながら、とりあえずキッチンのやちむんのトレーに置いておく。

    すぐには捨てない。

    何かの部品のような気がする。 どこかから外れたもののような気がする。 でも、今は何の部品なのかわからない。

    しばらくすると、あ、これの部品だったのね、となることがある。

    おもちゃだったり、文房具だったり、何かのふただったりする。

    逆に、いつまでたっても何も現れないこともある。

    これは何だったんだろう、と思いながら、結局捨てる。

    正体がわかるまで、少しだけ保留にしている。

    見えるところに置いておくと、ちょっと忘れにくい。

    引き出しに入れたら、たぶんもう忘れる。

    でも、トレーの上にあると、通るたびに目に入る。

    まだいるのか。 もう捨ててもいいのか。 そのうち、わかるのか。

    そういう小さいものが、キッチンのすみに少しだけ置かれている。

    片づいているとは言えない。

    でも、すぐに捨てるほどでもない。

    何かの部品かもしれないものを、しばらく生活の見えるところに置いておく。

    それくらいの保留は、あってもいい気がする。

    text — homeflow編集部

  • 車の鏡は、少し厳しい。

    homeflow — mirror & light

    明るい車内で鏡を見ると、だいたい終わっている。

    アラしかない。

    うちの洗面所の鏡は、かなり優秀だ。

    なんか少しだけ、きれいに見える。

    ライトがふんわりしているのかもしれない。壁の色なのかもしれない。よくわからないけれど、洗面所で見る顔は、まだ少し安心できる。

    でもそれは、事実が見えていないということなのかもしれない。

    車の中は違う。

    昼間の明るい車内で、ふと鏡を見る。すると、急にいろいろ見える。影も、毛穴も、乾燥っぽさも、全部そこにある。

    さっきまで洗面所では大丈夫だったのに、と思う。

    同じ顔のはずなのに、場所が変わると全然違う。

    外のトイレの鏡も、たまに厳しい。白い光が強すぎると、顔が少し置いていかれる感じがする。

    逆に、少し暗めのお店の鏡だと、なんとなく大丈夫な気がする。

    何が本当なのか、よくわからない。

    たぶん、全部本当なのだと思う。

    洗面所の顔も、車の顔も、外の白い光の中の顔も。

    でも、できれば私は、うちの洗面所くらいの顔で生きていきたい。

    鏡によって、顔が違う。

    光って、なかなか勝手だと思う。

    text — homeflow編集部

  • 好きは、急に変わらない。

    homeflow — memory & sense

    小学校高学年の頃、年の離れた従兄弟から服をもらうことがあった。

    従兄弟は小柄で、私は背が高かったので、大人の服でも着られるものがあった。

    今思うと、子ども服とは少し違う服だった。ギラッとした素材だったり、丈が短かったり、少し体に沿う形だったり。たぶん、その頃の流行の気配があったのだと思う。

    そういう少しクセのある服を、自分の好きな服の中に混ぜて着ていた。

    当時もたぶん、少しずらしていたのだと思う。

    小学校の先生に「それ、どこで買うの」と聞かれたことがある。嬉しかったのか、照れたのか、あまり覚えていないけれど、その場面だけ残っている。

    大人になってから、わかるようになったものもある。

    お皿や陶磁器、花瓶のような日用雑貨の良さは、料理をするようになってから少しずつわかってきた気がする。器に目が向くようになったのは、もう少し後のことだと思う。

    でも、選ぶものの芯はあまり変わっていない気がする。

    自分のスタンダードに、少しクセのある変なものを混ぜる感じ。

    その感覚は今の方が少し洗練されたかもしれないけれど、根っこは昔からたぶん、そんなに変わっていない。

    text — homeflow編集部

  • 隠れているつもりになれる場所。

    homeflow — place & view

    隠れているつもりになれる場所が好きだ。

    実際に隠れているかどうかは、よくわからない。向こうから見たら、普通に見えているのかもしれない。

    でも、自分の中では少し隠れている感じがする場所がある。

    たとえば、木立の中に少し入った場所。

    こちらからは、明るい水辺がきれいに見える。でも向こうからは、こちらが少し影になって、木に遮られて、たぶん見えづらい。

    そう思っているのは、中にいる私だけかもしれない。

    でも、その感じが落ち着く。

    通り沿いの2階のカフェも、少し似ている。

    テラス席からは、外を歩く人が見える。でも通りの人からは、かなり首をひねって上を見ないと、こちらは見えない。

    本当は見えているのかもしれないけれど、少し隠れているつもりになれる。

    そのくらいが、ちょうどいい。

    丸見えではない気がする。 でも、閉じ込められている感じでもない。

    こちらからは外が見えていて、自分は少しだけ奥にいる。

    そういう場所にいると、視界は外に出ていくのに、体は少し守られている感じがする。

    公園沿いの家で、外から見ると中は見えないのに、上の方は少しひらけていそうな家がある。

    入ったことはないから、本当にひらけているかは知らない。

    でも、なんかいいなあと思う。

    隠れているつもりになれる場所。

    本当に隠れていなくてもいいのだと思う。

    自分が少し奥にいる気がして、でも外はちゃんと見える。

    その都合のよさが、たぶん好きなのだと思う。

    text — homeflow編集部

  • ホテルの窓は、とりあえず見る。

    homeflow — hotel & window

    ホテルの部屋に入ったら、とりあえず荷物を置く。

    それから、カーテンを開ける。

    海が見えたらうれしい。山が見えたらうれしい。東京タワーが見えた時は、普通に、わー!となった。

    でも、いつもそんな部屋に泊まるわけではない。

    どこかに行くために泊まっただけのホテルでも、窓の外が少し抜けていると、なんか得した気分になる。

    隣のビルの壁だったら、まあ壁か、と思う。

    それでも、とりあえず見る。

    text — homeflow編集部

  • 爪は、結局自分でやっている。

    homeflow — nail & time

    爪は、結局自分でやっている。

    本当は、人に任せたい気持ちもある。座っていればきれいにしてもらえて、終わったら爪が整っている。それはそれで、かなりいい。

    でも、サロンに行くには予約がいる。

    子どもの予定を見て、夫の予定を見て、自分の空いている時間を探して、その時間にちゃんとそこへ行く。しかも、子どもたちの予定は急に変わったりもする。

    そこまで含めると、予約する前から少し遠い。

    サロンで過ごす時間も、楽しい時はある。でも、そうでもない時もある。気を使ってこちらから話したり、何かちゃんと過ごそうとしてしまったりするのが、結構しんどい時もある。

    だから、結局自分でやっている。

    家でやると、工程をちょびちょび進められる。今日はオフだけ。少し休んで、次に形を整える。色を塗るのは夜にする。そんなふうに、自分の生活の隙間に入れられる。

    もちろん、利き手が使えないのは結構大変だ。片手をライトに入れている間、もう片方で何かをしようとして、できない。細かいところも、思ったより時間がかかる。

    それでも、何かを自分でするのは嫌いじゃない。

    色を選んで、光り方を見て、少しだけ飾る。爪の中に、自分の小さい世界を作れるのも好きだ。

    手を動かすと、光の線がすっと走る。洗い物をしている時とか、何かを持った時とか、ちょっとした作業の途中でそれが見えると、少しウキウキする。

    しかも、材料代だけだとかなり安い。そこも、かなりいい。

    人に任せたい気持ちもある。でも今の私は、予約して出かけるより、家で少しずつライトを出す方を選んでいる。

    爪が変わると、手元が少し変わる。手元が変わると、いつもの動きも少し違って見える。

    その小さい変化くらいなら、自分で作れる。

    だから今日も、結局自分でやっている。

    text — homeflow編集部

  • 玄関に、靴の種類が多すぎる。

    homeflow — shoes & entrance

    玄関に、靴の種類が多すぎる。

    スポーツ用の靴。スパイク。登校用の靴。普段履き。長ぐつ。サンダル。

    足はそんなにたくさんないのに、靴はなぜか多い。しかも、どれも一応いる。そこが困る。

    スパイクはサッカーでいる。登校用の靴は学校でいる。普段履きもいる。雨の日には長ぐつがいるし、夏にはサンダルもいる。使っていないわけではない。だから、捨てればいいという話でもない。

    でも、入り切らない。

    玄関に靴が並んでいると、家族の動きがそのまま出ている感じがする。誰かが学校に行って、誰かが練習に行って、誰かが雨の日に外へ出て、誰かがちょっとそこまで行く。

    きれいに整った玄関には、なかなかならない。

    靴箱に入れたはずなのに、気づくとまた出ている。明日も使うから、すぐ履くから、とりあえずここに置くから。そうやって玄関に靴が増えていく。

    種類が多いということは、それだけ出ていく場所があるということなのかもしれない。私は片づけたいのに、靴だけはなぜか家族の予定を連れてくる。

    学校、グラウンド、買い物、雨の日の道、夏の外。靴は、それぞれの場所へ行くためにある。

    そう思うと、少しだけ悪くない。

    でも、やっぱり入り切らないものは入り切らない。

    玄関に並んだ靴を見るたびに、多いなあと思う。でも同時に、この家はみんな出たり入ったりしているんだなとも思う。

    今日も誰かの靴が、少し斜めになっている。

    text — homeflow編集部

  • 食洗機を開けると、少し湯気が出る。

    homeflow — kitchen & air

    食洗機を開けると、少し湯気が出る。

    洗い終わった皿がまだあたたかくて、コップの中に水滴が残っていて、スプーンも少し熱い。台所に、一瞬だけ白い空気が出る。

    あの湯気、ちょっといい。

    顔に当たると、これスチーム効果あるんかな、と思う。たぶんない。むしろ熱いし、普通に食洗機の湯気だ。

    でも、開けた瞬間にふわっと出てくる感じは少し好きだ。

    食器を洗ったのは機械なのに、湯気を見ると、ああ一つ終わったなと思う。皿もコップも、さっきまで使っていたものなのに、少しあたたかくなって戻ってくる。

    完全に乾いていないこともある。コップの底に水が残っていたり、タッパーのふちに水滴がついていたりする。そこは普通にちょっと面倒だ。

    でも、湯気が出ると、台所が一瞬だけやわらかくなる。

    食洗機はただの家電なんだけど、開けた時の白い空気だけは、少しだけいい。自分で洗っていないのに、終わった気になるところも含めて

    text — homeflow編集部