投稿者: homeflow_admin

  • 冷蔵庫は、少し避難所になっている。

    homeflow — kitchen & things

    納豆を入れようとしたら、納豆入れに納豆が入らないことがある。
    見ると、他のものが入っている。
    ちゃんとトレーに収まっている。しまわれてはいる。
    でも、納豆じゃない。

    うちの冷蔵庫には、すぐに食べるものだけが入っているわけではない。
    開封した粉もの、海苔、バターの買い置き、ゼリー飲料、もらった缶の野菜ジュース、ご飯のお供セット。
    湿気らせたくないもの、悪くしたくないもの、いつか使うかもしれないもの。
    そういうものが少しずつ入って、気づくと結構場所を取る。

    食べものを冷やしているつもりで、いろんなものを避難させているのかもしれない。
    今使うものと、いつか使うかもしれないものが、同じ冷たい場所にいる。

    全部がいらないものでもない。だからややこしい。

    でも、納豆が納豆入れに入らないのは、やっぱり困る。

    そろそろ見直さなきゃな、と思いながら、今日も納豆を別の場所に入れた。

    text — homeflow編集部

  • 雨の日、靴を守ったら足が濡れた。

    homeflow — air & place

    雨の日は靴を濡らしたくなくて、ちょっとそこまでならサンダルで出ることがある。濡れてもいいし、すぐ乾くし、靴は守れる。そう思って出る。

    でも、気づくと足が濡れる。お迎えで園庭を歩くと、砂も足に貼りつく。
    びしょ濡れで砂もついて、帰る。
    裸足で玄関を上がったら、床が濡れた。
    雑巾で足を拭いて、床も拭いた。

    足を洗った。
    サンダルも洗った。

    靴を守ったのに、足を洗って、床を拭いて、サンダルも洗っている。やっぱり靴が良かったなぁ、と思う。でも次の雨の日も、また迷う気がする。

    text — homeflow編集部

  • 白い靴下は、可愛いから困る。

    homeflow — colors & things

    白いものは好きだ。

    白いタオルとか、白い布とか、白いシャツとか。白いものが、ちゃんと白いままあると気持ちいい。

    白いものは、白いままでいてほしい。だから私は浸け置き洗い派だ。

    でも、靴下の裏は白でいる気がない。足首のところも、甲のところも、ちゃんと白い。

    問題は、足の裏だ。

    白い靴下の、足の裏は白くなくなる。少しずつ黒ずんでいく。子どもの靴下は、なぜそんなに黒くなるのか分からないくらい黒くなる。

    靴下の足の裏は、浸け置きしても大して白くならない。下洗いしたらいい。こすれば、かなり白くなる。

    それは分かっている。でも、面倒すぎる。やってられん。

    うちでは一人だけで日に4足出ることもある。学校用。遊びに行く普段履き。サッカー用。サッカーからの帰り用。

    何足、下洗いするん。だから、やらない。

    学校用の靴下は、黒か紺でいいと思う。私服の時も、問題ないならなるべく濃い色がいい。あえて白じゃなくてもいい場面は、たくさんある。

    でも、白い靴下は、可愛いから困る。

    夫が白い靴下を買ってくる。なんで、と思う。

    でも、可愛いから困る。

    そして彼にとっては、靴下の足の裏が白くないのは当たり前らしい。

    そうか。

    白いものは、白でいてほしい。でも、白い靴下の足の裏は、そうはいかない。

    下洗いした方がいいのは分かっている。でも、結局できない。

    だから、靴下の足の裏は諦める。

    白い靴下は可愛い。

    可愛いから、困る。

    text — homeflow編集部

  • 美術館では、椅子を見てしまう。

    homeflow — place & things

    美術館に行くと、椅子を見てしまう。

    展示室の端に置いてある椅子。壁の近くに置かれている椅子。絵をまっすぐ見られる場所に、ちゃんと置いてある椅子。

    あ、ここに座りたい、と思う。

    もちろん作品を見に来ている。でも、椅子がいい場所にあると、その空間が好きになることもある。座ると絵が違って見える。絵を見ているというより、絵と同じ部屋にいる感じ。

    美術館の椅子は、たまにすごく素敵だ。

    これ、座っていいんですか、と思うような椅子が、普通に置いてあることがある。少し緊張するような椅子にも、美術館では座れる。

    有名な椅子に出会うこともある。

    ウェグナーのThe Chairみたいな静かな椅子も好きだし、天童木工の椅子を見かけることもある。イームズやヤコブセンの椅子も、わりとよく見る。

    ここにこの椅子ね、と思うのは楽しい。

    前に、どこかの美術館でガウディの椅子が置いてあった。

    バルセロナで座ったことのある椅子だった。初めてではないのに、見つけた時はやっぱり嬉しかった。

    あ、これ、また座れる、と思った。

    好きな椅子は、何回座っても嬉しい。

    椅子に座ると、自分も、その場所の一部になったように感じることがある。歩いている時は、作品の前を通り過ぎている人だったのに、座ると、床や壁や光や絵と一緒に、そこに置かれた感じがする。

    たぶん、椅子があるから。

    ただ、そんなことを思いながら座る時もあれば、単純に疲れている時もある。

    美術館は、思ったより歩く。階段もあるし、部屋もいくつもあるし、戻ったりもする。途中から足が重くなってくる。

    そんな時に椅子があると、もう動きたくない。

    ありがとう。

    座った場所から絵がきれいに見えたりすると、なおさら動けない。もうここでいい、と思う。ここから見えるものだけ見ていたい。

    美術館の椅子は、休んでも、休まなくてもいい気がする。

    きれいなものを見に行って、たくさん歩いて、少し疲れて、いい椅子に座る。そこで、さっきまで見ていたものや、まだ見ていない部屋のこともぼんやり思う。

    何かをちゃんと見ているようで、もうあまり見ていない時もある。

    それでも、その時間が好きだ。

    美術館に行っているのに、椅子も見る。そこに座ると、その場所の記憶が変わることも、きっとある。

    たくさん歩いたあとに、いい場所に椅子がある。

    それだけで、もうだいぶうれしい。

    text — homeflow編集部

  • 好きなものは、少しずつ混ざっている。

    homeflow — sense & home

    好きなものは、ひとつの言葉ではあまり言えない。

    古いもの、というより、物語があるもの。誰かが使っていた感じとか、どこかから来た感じとか、時間が少し染みている感じ。そういうものに、どうも目がいく。

    少しズレているものも。どこかに茶目っ気があったり、少しだけ外れていたりするもの。

    空気がきれいなものも好き。白いもの、ガラス、薄い水色、光が通るもの。置いたら、少しすっとするようなもの。

    天然素材のもの。布、木、土、石、紙、ガラス。触った時に、あたたかい感じがするもの。

    手の跡が残っているものも好きだ。刺繍、織り、編み目、少し歪んだ器。完璧すぎないところに、なんか安心する。

    色の名前が少しむずかしいものもある。白だけど真っ白ではない白。水色だけど、少し空みたいな水色。ピンクなのか、ベージュなのか、うまく言えない色。

    そういうものが、少しずつ家の中に混ざっている。

    全部が主役ではないし、全部に理由があるわけでもない。何に使うのかよくわからないものもあるし、ただ置いてあるだけのものもある。

    でも、目に入るとうれしい。

    少しずつ集まって、少しずつ混ざって、いつの間にかうちの空気になっている。

    text — homeflow編集部

  • いつか何かに使うかも。

    homeflow — fabric & someday

    いつか何かに使うかも、と思うものがある。

    着物の端切れや、絣の小さい布が売っていると、つい見てしまう。何に使うかは、まだない。

    でも、やっぱりいいものはいい。

    小さいアンティークボタンや、タッセルみたいなものも、たまに欲しくなる。いつも何かを作っているわけではない。でも、なんとなく、これは何かになりそうだなと思ってしまう。

    実家に、模様の入ったリボンテープがあった。たぶん、おばから母のところに来たものだったと思う。

    母がつかっていいよと言ったから。

    めちゃくちゃ可愛くて、いつか何かに使いたいなぁと思いながら、しばらくしまっていた。

    だいたい、出番はない。「いつか」は、なかなか来ない。

    でも、たまに来る。

    友達の結婚式で、リングレストを作ってほしいと言われたことがあった。その時に、そのリボンテープと、沖縄で拾ったサンゴの欠片を使った。

    それが、すごく可愛くできた。

    あ、これは可愛い、と思った。友達も喜んでくれて、それがすごくうれしかった。

    こういう時、置いてあってよかったなと思う。

    だいたいすぐに出番は来ない。いつか何かに使うかも、と思ったまま、ずっとそこにあるものも多い。

    でも、たまに何かになる。

    そういう時は、すごくうれしい。

    text — homeflow編集部

  • あ、これ好きだった。

    homeflow — closet & memory

    衣替えをすると、忘れていた服や小物が出てくる。前のシーズンには普通に使っていたはずなのに、しまっている間に少し忘れている。
    あ、これもあったね、となる。

    すごく好きなヘアバンド。色と柄がめちゃくちゃかわいくて、つけた時の感じもよくて、ほんとにめっちゃ使った。
    それを見て、夫は、私はヘアバンドが合うと思ったのかもしれない。何個かプレゼントしてくれたことがある。でも、どれも少し違った。

    ヘアバンドなら何でもよかったわけではなくて、あれがよかったみたいだ。

    そのヘアバンドは、ゴムが伸びてしまった。直せるかなと思ってしまっていたけれど、すっかり忘れていた。

    衣替えの時に出てきて、あ、これ使いたい、と思った。
    でも、やっぱりゴムは伸びている。直すのも大変そうで、結局捨てた。可愛かったけどねー。

    スウェットにも、そういうものがあった。丈が少しだけ短くて、身頃は幅広で、ドルマンスリーブだった。丸い模様がたくさんついていて、そこにビーズが刺繍がされていた。袖も裾も襟ぐりも切りっぱなしで、すごくかわいかった。

    もう一個同じのが欲しいと思ったほど。

    それも伸びてしまって、結局捨てた。
    捨てたくなかったんだけどな。

    似たようなものを見つけても、少し違う。新しい方がきれいでも、便利でも、やっぱり前のあれがよかったな、と思うことがある。

    そういうものが、たぶんいくつかある。

    text — homeflow編集部

  • 好きなものは、だいたいうちに合う。

    homeflow — sense & things

    好きなものは、だいたいうちに合う。
    私の好きな家だから。

    うちに合わないから買わない、というより、うちに合わないものは、そもそもそこまで好きにならない気がする。

    でも、好きだから全部買うわけではない。

    高いものは高い。
    置く場所がないものは置けない。
    もう十分ある、と思うものもある。

    かわいい、好き、と思っても、この大きさ使わないか、と思ってやめることもある。

    好きじゃなくなったわけではない。

    ただ、今日は連れて帰らない。

    それくらいのことは、普通にある。

    text — homeflow編集部

  • 公園のものは、公園に返す。

    homeflow — park & small things

    前は、公園で拾った木の棒や石ころを、子どもが持って帰ることがあった。

    私も子どもの頃、そういうのを持って帰るのは好きだった気がする。石とか、葉っぱとか、よくわからない実とか。別にすごいものではないのに、その時はちょっと宝物みたいに見える。

    でも、家に持って帰られても、正直ちょっと困る。

    木の棒。石ころ。どんぐり。

    玄関の中に入れるのも少し困るし、部屋に持って入られるのも少し困る。だから前は、そういうものは玄関の外に置いていた。

    まだいる?

    しばらくして聞くと、もういらない、と言う。それでまた公園に行く時に持って行って、置いて帰っていた。

    たぶん、それを何度かやった。

    ある時、公園のものだから、公園に返してから帰ろうね、と言った。

    立派なことを教えようとしたわけではなくて。どちらかというと、家に持って帰られても困るな、と思ったから。

    でも、それからあまり持って帰らなくなった。

    拾って遊ぶけれど、帰る時には自分から置いて帰る。

    そうなのか、と思った。

    持って帰らんでいいの? と少し思う時もある。自分が子どもの頃は、拾ったものを持って帰るのも楽しかった気がする。

    でも、持って帰ってもらっても困るから、そこは言わない。

    木の棒も困る。石ころも、まあまあ困る。

    そんな感じで、今は公園に置いて帰っている。

    公園のものは、公園に返す。

    そう言ったら、ほんとうに返すようになった。

    少し拍子抜けするくらい。

    text — homeflow編集部

  • レシートは、すぐ捨てたい。

    homeflow — wallet & paper

    レシートは、すぐ捨てたい。最近はそう心に決めている。

    もらったら、すぐ捨てる。いらないものは、財布に入れない。そう思っている。

    でも、なぜか一回財布に入れる。

    今ここでは捨てない。あとで捨てようと思って、財布に入れる。そして、だいたいあとで捨てない。

    レシート。領収書。受け取り証。クーポン。

    少しずつ違う顔をして、財布の中に入ってくる。

    これは一応いるかもしれない。返品するかもしれない。交換するかもしれない。金額を確認するかもしれない。このクーポンは、使うかもしれない。

    そう思っているうちに、財布がパンパンになる。

    財布を開けるたびに、なんか厚いなと思う。そしてある日、急に嫌になる。

    なんでこんなに入っているんだろう。

    そう思って、車の助手席でいきなり整理し始める。

    家に帰ってからやればいいのに。でも、その時に嫌になったのだから、もうその時にやるしかない。

    レシートを出して、領収書を出して、受け取り証を見て、クーポンを見て、これはもういいか、と思いながら分ける。

    たぶんほとんどいらない。

    でも、全部いらないとは言い切れない。返品とか、交換とか、なくもない。

    その「なくもない」が、けっこう強い。

    だから一回財布に入る。

    その一回が、けっこう強い。

    レシートは、すぐ捨てたい。本当にそう思っている。

    でも今日もたぶん、どこかでもらったら、一回財布に入れると思う。

    text — homeflow編集部