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母は、ものを見る目を教えてくれた。
遺伝というより、教育だったと思う。教育というと少し大げさだけれど、母のこだわりを、買い物の時や、テレビを見ている時や、誰かの服を見た時に、少しずつ聞かされていた。
母はよく、「おばあちゃんが言っていた」と言っていた。
たとえば、お葬式の時の礼服。みんなが同じ黒を着ている時こそ、ものの良さが出るのだと。そういう時に、いいものを着なさい、と。
子どもの頃は、へえ、と思うくらいだった。黒は黒じゃないの、と思っていた気もする。でも母は、そういうところを見ていた。生地がいい。仕立てがいい。変なしわが入らない。落ち方がきれい。
同じ黒でも、同じではない。
母は本革が好きだった。
これは本革だね。これはフェイクよ。ほら、触ったらわかるよ。匂ったらわかるよ。そう言って、いろんな見方を教えてくれた。
今とは少し空気が違う時代だった。フェイクレザーは今ほどよくなくて、選ぶ理由がある素材というより、本革の方がちゃんとして見えるもの、という感じが強かった。フェイクレザーは大人が持っていたら恥ずかしい、という空気もまだあったと思う。
聞いた時は、へえ、という感じだった。
でも、そういう目で見てみると、確かに違う。つやが違う。触った感じが違う。少しわざとらしく見えたり、品がなく見えたりするものもある。
かばんを買う時にも、母はちょいちょい言った。
それはフェイクだよ。
別に文句を言われるわけではない。だめと言われるわけでもない。私が、え、かわいいじゃん、と言うと、母は、うん、かわいい。だから買っていいし、持っていい。中学生には全然いい。だけど、私が持つと変でしょ、と言った。
そんなこと聞いてないのに、と思った。
でも、そういう言い方だった。
かわいいことは否定しない。買うことも止めない。ただ、それが何でできているのか、どの年齢で、どんな場面で、どう見えるのかは見る。
母は、そこを見ていたのだと思う。
気づくと、私も何かを買う時に、本革かどうかを気にするようになっていた。書いてあっても、書いていなくても、これはどうなんだろうと思って見る。触る。つやを見る。たぶん匂いも少し見ている。
気づくと姉妹もそうだった。
だから、やっぱりあれは母の教育だったのだと思う。
母は、買い物の時だけではなく、テレビを見ている時も、人が着ている服を見た時も、何がいいのかをちょいちょい教えてくれた。
あの礼服は生地がいいよ。
あれは仕立てがいいよ。
ほら、変なしわが入らないでしょ。
なるほどなあ、と思った。
全部を覚えているわけではない。母が言ったことの全部が、今の私に残っているわけでもないと思う。でも、大人になってふとした時に、あれはこういうことだったのかもしれない、と思うことがある。
着物もそうだった。
子どもに七五三の着物を着せる時、写真館の着物を着せようとすると、母に少し怒られた。母は、そういうところにはちゃんとしたものを着せたい人だった。
私も、母が子どもの頃に着ていた着物が好きだった。母が実家から持って帰ったその着物は、とても素敵で、もちろん正絹だった。
七五三で着せると、周りの子どもたちとの違いはすぐにわかった。
それを気にする人もいるし、気にしない人もいる。最近のデザインの方が好きな人も、もちろんたくさんいると思う。
でも私は、正絹の着物の、あの落ち着いたつやと、静かな佇まいがとても好きだった。
母は、孫の七五三に着せる羽織も正絹にこだわった。
借りたらいいよ、と私は言ったけれど、母はどうしても買うと言った。十万円近くしたと思う。そこまでしなくても、と思ったけれど、母は買った。
そのあと、母の孫は三人増えて、そのうち二人が女の子だった。
ほらね、買ってよかったでしょ、と母は言った。
そういうところが母らしい。
高いものを買えばいい、という話ではないのだと思う。ブランドものを持てばいい、という話でもない。ただ、ここはちゃんとしたものを選びたい、という場所が母の中にある。
その線引きを、私はずっと横で見ていた。
ヨーロッパの古着を買う時も、リサイクルショップで何かを探す時も、普通にお店で買い物をする時も、私は必ず素材を見る。
本革か。
シルクか。
綿か。
ウールか。
アルパカか。
ポリエステルか。
それが何だ、と言われたら、うまく答えられない。
それでも、私にとっては大事なことになっている。
つやを見る。落ち方を見る。触った感じを見る。しわの入り方を見る。そのものが、少し落ち着いているかを見る。
たぶん、母に教えられた目で見ている。
それをちゃんと見ないと、母に怒られる気がしているのかもしれない。
それらを素敵だと思える自分が、少し好きなのかもしれない。
母は、ものを見る目を教えてくれた。
そして今も、何かを選ぶ時、私はたぶん、母が見ていたところを少し見ている。
text — homeflow編集部