投稿者: homeflow_admin

  • 光が好き。


    昔から、光が好きだ。

    でも、ただ明るい光が好きなわけではない。 たぶん私は、”空気が見える光”に惹かれている。


    何かを通った光が好き

    自然光が好きだ。 特に、何かを通った光が好きだ。

    昔のゆらゆらしたガラスを通る、少し柔らかい光。 障子を通った、白くぼやける光。 ガラス越しに差し込む、少し屈折した光。

    空気ごと光っている感じ、とでも言えばいいのか。 そういう光に、ずっと惹かれてきた。


    反射する光

    海に反射して、キラキラ揺れる光。 雨上がりの森で、雫に反射する光。 ガラスとガラスが並んでいるだけで、光が綺麗に見える時もある。

    おじいちゃんは百姓だった。 日焼けした肌に、光がツヤっと反射していた。 そういう光も、好きだった。


    旅先の朝の光

    お休みの日や、旅行先の朝の光も好きだ。

    ホテルの白いシーツに落ちる朝日。 少し静かな街。 まだ人が少ない空気。

    その時間だけ、世界が少し透明になる感じがする。


    揺らぎのある光

    真っ暗な夜に、 昔ながらのオレンジ色っぽい灯りが、 一箇所をぽつんと照らしている感じも好きだ。

    昔見たガス灯の光も綺麗だった。 ろうそくの、少し揺れる光も好き。 キャンプの焚き火も、ずっと見ていられる。

    たぶん私は、均一で強い光より、 揺らぎのある光が好きなんだと思う。


    夕方の空

    夕方の空も好きだ。

    オレンジ。 ピンク。 少し紫がかった色。

    全部が混ざり合って、なんとも言えない光になる。 雨上がりの澄んだ空気の中で見る夕空は、特に好きだ。


    光で変わる空気

    今思うと、 私はずっと、”光そのもの”というより、 光で変わる空気に、惹かれてきたのかもしれない。

    均一じゃない光。 揺らぐ光。 何かを通った光。 反射した光。

    そういう光の中にいると、 空気ごと、少し変わる感じがする。

    その感じが、好きなんだと思う。

  • 白が好き。


    昔から、白が好きだ。

    特に、真っ白に惹かれてきた。


    白ベースだった頃

    今みたいに、オールホワイトが普通じゃなかった頃から、 上下白の服を着ていた。

    当時は、黒をベースにする人が多かった気がする。 黒に何かを合わせる。

    でも私は、白に何かを合わせていた。

    高校の頃は、ストリートっぽい格好も好きだった。 でも大学に入る頃、真っ白のワンピースに一目惚れした。


    真っ白のワンピース

    よく着ていた。 下にはパンツ。

    まだ「パンツオンスカート」に人権がなかった頃(笑)

    でも、ワンピースだけだと、少し綺麗すぎた。 整いすぎていて、自分の感覚とは少し違った。

    少し、ズレを入れたかった。 その方が、自然だったんだと思う。

    そうやって着ているうちに、 白の布が揺れる感じとか、 光を含む感じとか、 そういうものが、好きなんだとわかってきた。

    白を着ている自分も、好きだった。


    白って、難しい色でもある

    冷たく見えたり。 浮いて見えたり。 生活感がなくなったりもする。

    でも私は、ずっと、 “光を含む白”みたいなものに惹かれてきた。

    真っ白というより、空気を含んだ白。 透き通っているけど、温度がある白。


    白が作る空気

    真っ白なホテルのシーツ。 少し生成りの布。 白い器。 スペインの白い壁。 茶室の静かな白。 ミルクみたいな白。

    どれも、色が白いというより、 白が作る空気が好きなんだと思う。

    光を含む感じ。 静かで、でも温度がある感じ。 そこにいると、少し呼吸が深くなる感じ。

    たぶん私は、色そのものじゃなくて、 白が作る空気に、ずっと惹かれてきたんだと思う。

  • そういうのが、私のルーツ。


    うちの母は、「いいもの」が好きな人だ。

    高いものじゃない。 いいものを見抜く目がある、ということだ。

    素材を見る目。 味を見る目。 手間を見抜く感覚。


    外食で簡単には「美味しい」と言わない

    母は、料理が上手だ。 何を作っても、美味しい。

    でも、外食で簡単には「美味しい」と言わない(笑)

    本当に美味しいものに出会った時だけ、 「あ、美味しいね」と言う。

    それって、 家で食べているものの基準が高いからなんだと思う。

    新鮮な野菜を見抜く目。 活きのいい魚を見抜く目。 美味しい肉を手に入れる方法。 少し鮮度が落ちたものでも、ちゃんと美味しく料理する感覚。

    魚をおろすのも上手で、刺身もきれい。 握り寿司まで、普通に作ってしまう。


    「美味しそう」を、自分で作ってみる人

    母は、「美味しそう」と思ったものを、自分で作ってみる人だ。

    パエリアも、フォーも作る。 パスタも上手。 クリスマスには、鶏の丸焼きをオーブンで焼いていた。 ピザも、かなり早い頃から家で手作りしていた。

    誕生日ケーキも、手作りだった。 蝶々の形のケーキを作ってくれたことを覚えている。

    今みたいに、簡単に情報が手に入る時代じゃなかった。 でも母は、自分で考えて、工夫して、作っていた。 それが、すごく嬉しかった。

    ハンバーガーもよく家で作ってくれた。 ちゃんと紙で包んで、ポテトも紙の入れ物に入っていた。

    ただご飯を作るだけじゃなく、 “楽しい空気”まで作ってくれていたんだと思う。


    なんでも、手作りにしてしまう

    味噌。出汁醤油。ドレッシング。ポン酢。キムチ。麹。 なんでも作ってしまう。

    庭もすごい。

    狭い庭なのに、 トマト、ナス、キュウリ、ゴーヤ、大葉、ネギ、白菜、ブロッコリー、 アスパラ、ミカン、柿、フェンネル、ディル、パクチーまで育てている。 ケールも、フリルのものと普通のもの、両方。 ビーツまである(笑)

    だから、おしゃれなジューススタンドで健康そうなジュースを見ると、 「家で飲めるな」と思ってしまう。

    梅をもらえば、毎年梅仕事。 たけのこを大量にもらえば、大鍋で湯がく。 それが本当に美味しい。

    そのお礼に、母は手作りのパンやカステラを渡す。 しかも、お店みたいな完成度。


    裁縫も、DIYも

    裁縫もすごい。 服も作るし、お直しも上手。 靴下まで、可愛く繕ってしまう。 お店に出すより上手なんじゃないかと思うくらい。

    DIYも得意で、家のものも色々作ってしまう。 昔は今みたいに厳しくなかったから、 電気配線まで自分でやっていたこともある(笑)

    なんでも、「自分でやった方が早い」人なのだ。


    「手間はお金。」

    母のおばあちゃんが、昔こう言ったらしい。

    「手間はお金。」

    自分でやれば、意外と簡単で、しかも美味しい。 でも、それをお店で買うと高い。 その”手間”に、価値がある。

    母は、それをずっと実直に体現している。


    そういうのが、私のルーツ

    今思うと、 私が古いものや、手仕事や、素材感や、 市場や、暮らしの空気に惹かれるのも、

    そういう家で育ったからなのかもしれない。

    本物を見抜く感覚。 手間を惜しまない姿勢。 暮らしを自分の手で作っていく感覚。

    全部、あの家から来ている気がする。

    そういうのが、私のルーツ。

  • IKEAが好きだった。


    私の中では、ずっと「アイキア」だった。 コストコは「コスコ」。

    カナダにいた頃に覚えた呼び方が、そのまま自分の普通になっていた。 日本に戻った時、IKEAはまだなかった。 コストコも、あるにはあったけど、まだそんなにメジャーじゃなかった。

    だから「アイキア」「コスコ」の時代が、私には長かった。

    数年後、IKEAが日本に本格上陸して、 コストコも少しずつ広がっていって、 みんなが「イケア」「コストコ」と呼び始めた時、 少し不思議な感じがした。


    初めてアイキアに入った時

    カナダにいた頃、初めてIKEAへ行った。

    「なんて可愛いんだろう」と思った。

    海外っぽい色。 暮らしの見せ方。 小さい雑貨。 部屋ごとに作られた、生活の気配。

    その頃の私は、 好きなデザインや暮らしの作り方を、少しずつ学び始めた頃だった。 古いものは昔から好きだった。 でも、「なぜ好きなのか」とか、「どう組み合わせるか」とか、 そういうことは、まだわかり始めたばかりだった。

    自分の「好き」に、いろんな情報が足され始めていた頃。 IKEAは、その入り口の一つだったんだと思う。

    「かわいい!」「いいな!」「欲しい!」という気持ちが、 すごくまっすぐだった。 しかも、学生でも買えるくらい安い。

    最初に買ったのが、シューズブラシと、ハートの手がついたクッションだった(笑) なんでそれを選んだのか、今となってはよくわからない。 でも、「ああいう暮らし」に、ワクワクしていたんだと思う。


    ホームステイだから、置けない

    私はホームステイだった。

    「あれも欲しい」「これも可愛い」 と思うのに、自分の家じゃないから、買っても仕方ない。

    その感覚が、少し切なかった。

    その時、「家族と暮らしたいな」と思った。 今思うと、”自分の家庭”を持ちたかったんだと思う。

    自分の空間を作って、 好きなものを置いて、 暮らしを作りたかった。


    友達のシェアハウスの引っ越し

    カナダ人の友達が、シェアハウスへ引っ越す時、 IKEAへ一緒に買い物へ行ったことがある。

    家具を選んで、雑貨を選んで、 「ここにこれ置こうか」と話している時間が、 すごく楽しそうだった。

    羨ましかった。

    「自分で暮らしを作る」って、こんな感じなんだと思った。 その時間が、ずっと頭に残っていた。


    ハートのクッションは、後の部屋にも混ざっていた

    そのクッションは、 後になって、自分の部屋を作り始めた時にも使った。

    白い布のベッドカバー。 帯。 古いドレッサー。 代官山で見つけたアンティークの椅子。

    その中に、カナダのIKEAで買ったクッションも、 ちゃんと混ざっていた。

    旅で出会ったものが、暮らしの一部になっていく。 その感じが、嬉しかった。


    日本にIKEAが来た時

    日本にIKEAが上陸した時、 やっと来た!と思った。

    でも、不思議と、 カナダで初めて行った時ほどの感動はなかった。

    もちろん今も、行くと楽しい。 でも、「あれも欲しい!これも欲しい!」という感じでは、なくなっていた。

    人の感覚って、変わるんだなと思った。

    あの頃の私は、 家具や雑貨を見ていたんじゃなく、 たぶん、未来の暮らしにワクワクしていたんだと思う。

  • 自分の部屋をつくるのが好きだった。


    大学の後半になった頃、部屋が変わった。

    研究室で過ごす時間が増えて、 レポートも、友達の家や図書館でやるようになって、 だんだん自分の机を使わなくなっていった。

    そんな頃、おばあちゃんの家から、古いドレッサーを持って帰った。


    ドレッサーが来た日

    おばあちゃんは、私が小学三年生の頃に亡くなった。 そのドレッサーは、長いこと暗い奥の部屋に置かれていて、 使われていなかった。

    でも、優しい白と、少しヨーロッパ家具っぽい脚が、とても可愛かった。 猫足ではないけど、そういう雰囲気。

    「持って帰ってもいい?」と聞いて、自分の部屋に置いた時、 すごく嬉しかった。

    その瞬間、部屋の空気が変わった気がした。


    勉強机を、撤去した

    思い切って、勉強机をなくした。

    ベッドとドレッサーを中心に、 自分の部屋を作り始めた。

    ベッドは、二段ベッドを崩した木枠のベッド。 そこから、少しずつ、好きなものを置いていった。


    帯と、白い布と、木枠のベッド

    その頃、着物が好きだった。 古着の着物市で、重たい帯を買った。 たぶん、結婚式で使うような、刺繍のきれいな帯。 ピンク系の刺繍が、本当に素敵だった。

    普通は、ベッドの足元に横向きに置くのかもしれない。 でも私は、帯をちゃんと見せたかった。 だから、ベッドに縦長に置いた。

    そうすると、白い布のベッドカバーが合う気がした。 カバータイプじゃなく、布をふわっとかける感じ。 木枠とのバランスも、その方がきれいだった。

    それだけだと少し寂しいから、 昔から好きだった、ハートの手がついたクッションも置いた。 フランフランで見つけた、黄色とピンクのシマシマに 透明のスパンコールが素敵な小さめのクッションも、アクセントに。


    代官山で見つけた、アンティークの椅子

    代官山で見つけたアンティークの椅子も、大好きだった。 白っぽいフレームに、朱色の座面。 少し低めで、本当はくつろぐための椅子だったと思う。

    その古さと、少し色褪せた感じが、またよかった。

    でも、ドレッサーの椅子にした。 しかも、部屋に入った時に椅子が見えるように、横向きに置いていた。 使う時だけ、ドレッサーの方へ向ける。

    そういうことを考えるのも、楽しかった。


    好きなものを、自由に飾っていた

    壁には、インド土産の操り人形。 沖縄のアダン葉の草履。 鳥の置物。 ふざけたお面。

    好きなものを、自由に飾っていた。

    整いすぎてないけど、自分の好きな空気だった。 大好きな部屋だった。


    今思うと、あの部屋から始まった気がする。 好きなものを選んで、空間を作っていく感覚。

    それが、今の自分の暮らしにも、 どこかつながっている気がしてる。

  • 市場が好き。


    整ったショッピングモールとは違う、 少し雑多で、熱気があって、ルールも曖昧で、人間っぽい感じ。

    あの空気に、昔からワクワクしてしまう。


    子どもの頃のネパール

    子どもの頃、母に連れられてネパールへ行った。 そこで初めて、「市場」というものを見た気がする。

    象の置物を、子どもの私たちにも普通に売りつけてくる。 「これどう?」「安いよ!」みたいな熱気。 見たことない雑貨。山積みのもの。

    母は、すごく楽しそうだった。 手編みのセーターを買ってくれて、 帰国して着てみたら、少しホコリっぽかった(笑) でも、すごく可愛かった。

    私たち子どもは、途中で飽きて、「早く帰ろう」みたいになっていた。 今思うと、母はもっと見たかっただろうな、と思う。


    カナダ、ヨーロッパ、若い頃の市場

    高校生の頃に行ったオタワのファーマーズマーケットは、 観光っぽさもありながら、ちゃんと生活があった。 野菜。花。パン。地元の人たち。 きれいで、可愛かった。

    大学卒業の頃、バックパック一つでヨーロッパを回った。 ミラノ郊外を歩いていたら、フリマみたいなものをやっていた。 ガラクタ。家具。雑貨。 地元の人たちが、自分のものを売っていた。

    大きな家具が欲しかった。 でも、旅の途中だから、当然持って帰れない(笑) 「こういうものが普通に暮らしの中にあるんだ」 と思うと、なんだか嬉しかった。


    イスタンブールの市場、新婚旅行

    新婚旅行で行ったイスタンブールの市場は、忘れられない。

    とにかく熱気がすごい。 商売上手で、観光客価格もすごい(笑) でも、そのやり取りも楽しかった。

    刺繍のクッションカバーを、粘って交渉して買った。 鍋敷きも買った。

    実家にいる頃は、台所雑貨は私の範疇じゃなかった。 自分の部屋だけが、自分の場所だった。

    結婚して、自分の家を持つ。 何でもできる。全部、自分で決められる。 その嬉しさが、市場の見え方を変えた。

    クッションカバーは、あとで古い木の椅子のカバーにリメイクした。 鍋敷きは、今でもお気に入りで毎日使ってる。

    市場で出会ったものが、自分の家の空気になっていく。 それが、なんだか嬉しかった。

    ストールも、スパイスも、ポーチも買った。 絨毯も欲しかった。 シーシャなんて吸わないのに、欲しくなった。 キラキラしたライトも、全部欲しかった。


    それ以降、市場の見え方が変わった

    台所雑貨。布。器。 「これ、家で使ったら可愛いかも」 と思いながら見る市場は、また違う楽しさがある。

    タイの巨大マーケットでは、 食べ物、雑貨、薬みたいなもの、何でも売ってる。 きれいなお箸を買ったり、怪しそうな飲み物を飲んだり。 少し怖くて、でもワクワクした。

    ウブドのマーケットでは、素敵な染め物の布を買った。 学生だったから、めちゃくちゃ値切った。 今思うと、安く買いすぎた気もする。 でも、その布は、今も家の小さい窓のカーテンになっている。 全然色褪せない。


    スペインの市場、アジアの市場

    スペインの市場は、台所感がすごかった。 食堂みたいな場所もあって、ご飯も食べられる。 ハム。魚。オリーブ。ドライトマト。 売ってるもの全部が、キラキラして見えた。

    子どもたちは、砂糖だらけのグミに飛びついていた(笑) しかも、入り口の一番高いやつ。 旅行だから、つい買ってしまう。 あとで値段を見て、びっくりする(笑)

    ベトナム、韓国、中国の市場も楽しかった。 著作権って何だっけ?と思うくらい、自由。 子どもが、微妙にかわいくないキティちゃんのポシェットを欲しがる。 おばあちゃんが買ってしまう(笑)

    値段が決まってない感じ。交渉。熱気。活気。 騙されるかもしれない、盗まれるかもしれない、みたいな危機感も少しある。


    でも、その全部込みで、市場の空気が好きだ

    整ってなくていい。 きれいじゃなくていい。

    人が生きてる感じ。 暮らしの気配。 熱気と雑多さ。

    その全部込みで、市場の空気が好きだ。

  • 海外のスーパーが好き。


    観光地を回るのも楽しい。 でも、スーパーに入ると、急にテンションが上がる。


    知らないものが、山積みになってる

    知らないヨーグルト。 山積みの果物。 見たことない冷凍食品。 お菓子のパッケージ。 現地の人が、普通に買っているもの。

    「この国の人、普段こういうもの食べてるんだ」 と思うと、すごくワクワクする。

    現地人みたいに暮らしたい、というわけじゃない。 旅だから、非日常のワクワクもちゃんと好き。

    でも、その土地の生活の気配に、 少し触れる感じが好きなんだと思う。


    ソワソワする時間

    スペインのスーパーで、生ハムの棚の前に立った。 どれにしようか選べないくらい、種類がある。 そのワクワクが、たまらない。

    肉を買って焼いてみたら、豚の味が全然違った。 濃くて、おいしい。 これで生ハム作ったら、そりゃ美味しいよな。 さすが豚肉の国だな、と思った。

    旅に出ると、冒険したくなる。 見たことない冷凍食品を買ってみたり、 謎の調味料を試してみたり。 それが当たった時の嬉しさが、またいい。

    私は、初めて見る野菜の前でソワソワする。 これ美味しそうじゃん。どうやって食べるんだろう。 わからないけど、とりあえずパケ買いする(笑)

    横を見ると子どもも同じで、 どれがいいかなとソワソワしながら、 わからないけどこれいいかな、と美味しそうな?お菓子を選んでる。 その顔が、すごく楽しそうだ。

    スペインの市場は、別格だった。 チーズ、ハム、ドライトマトのオイル漬け、オリーブ、ナッツ。 その場で切ってくれる。ちょっとずつ買って、食べながら歩く。 魚も、見たことない種類がずらっと並んでて、見てるだけで面白い。

    カナダのスーパーには、お惣菜コーナーがあった。 美味しそうで目移りして、買ってみたら外れたりもする(笑) それも、なんか楽しい。

    ベトナムでは、ココナッツジュースを買った。 当たり外れがある。 当たると、めちゃくちゃおいしい。

    名前も種類もわからない、小さいバナナが売ってた。 買って食べたら、めちゃくちゃおいしかった。 南国だから、フルーツの種類が多くて、しかも安い。 マンゴーなんて、日本だと高いのに。

    沖縄でも同じようなバナナを見つけて、みんなで食べた。 地のものだから、安くておいしい。

    イタリアでは、スーパーで買った安いパンとワインが、 すごくおいしかった。

    カナダのチョコケーキは、甘すぎて最高だった(笑)


    スーパーには、その国の暮らしがそのまま並んでる

    何を食べて、 どんな色を使って、 どんな空気で暮らしてるのか。

    全部、少しずつ見える。

    棚の並び方。 パッケージのデザイン。 野菜の種類。 肉の切り方。

    観光地じゃ見えないものが、 スーパーにはある。


    旅の中の、生活感に触れる時間

    旅って、観光だけじゃなくて、 その土地の生活感に少し触れる時間でもある気がしてる。

    スーパーは、その入り口みたいな場所だと思ってる。

    ガイドブックに載ってない。 インスタ映えもしない。 でも、その国の暮らしが、そのまま並んでる。

    そういう場所が、好きだ。

  • ホテルの朝が好き。


    ホテルの朝が好きだ。

    高級ホテルだけが好き、というわけじゃない。 広い部屋じゃなくてもいい。 有名なホテルじゃなくてもいい。

    ただ、旅先の朝の空気が好きだ。


    白いシーツと、窓から入る光

    白いシーツの中で、ゆっくり目覚める。 窓から光が入ってくる。 今日の予定を、まだ考えなくていい。

    ラウンジ付きのホテルで、静かな朝食を食べる朝も好きだ。 人が少ない時間。 コーヒーの香り。 窓の外に、知らない街がある。

    そういう朝に、呼吸が少し深くなる。


    一人旅の朝

    ドミトリーで目覚める朝も、好きだった。

    周りにいる知らない人たち。 今日はどこ行こうかな、と考える朝。 海外の街に出る前のワクワク。

    静かじゃない。整ってもいない。 でも、「今日が始まる感じ」が、全身にあった。

    あの朝の空気は、今でも覚えてる。


    子連れ旅の朝

    ハワイの朝は、正直バタバタだった。

    子ども起きた。朝ご飯どうしよう。疲れた。 そういう感じも、普通にあった。

    でも、エッグスンシングスに行って、 ハワイの空気の中で朝ご飯を食べると、 やっぱり楽しかった。

    光。空気。少し浮かれた街の感じ。 「ああ、旅に来てるな」と思う。

    バタバタしてても、その空気はちゃんとあった。


    時間が染みた上質さ

    ドイツで泊まった古城ホテルの朝が、すごく印象に残っている。

    古い建物。少し重たい空気。 でも、ちゃんと手入れされていて、静かに上質だった。 朝食もおいしかった。ワインもあった。

    新しいラグジュアリーとは違う、 時間が染みた上質さ、というものがあった。

    トルコの洞窟ホテルの朝も忘れられない。

    外で食べる朝食。 気持ちいい空気。庭。光。 「ああ、今ここにいるんだ」と思える朝だった。


    旅の朝って、その時の人生が出る気がしてる

    一人旅の朝。 夫婦旅の朝。 子連れ旅の朝。 ホテルステイの朝。 バックパッカー旅の朝。

    全部、空気が違う。

    でも、どの朝にも、 「今日が始まる感じ」がある。

    私は、その空気が好きなんだと思う。

  • 旅に出ると、呼吸が少し深くなる。


    旅先で、急に呼吸が深くなる瞬間がある。

    観光地を全部回りたいわけじゃない。 有名なスポットを制覇したいわけでもない。

    ただ、その場所の空気を、感じたい。 それだけで、旅に出たくなる。


    旅のスタイルは、その時その時で変わってきた

    学生の頃、一人でヨーロッパを旅した。 社会人になって、駐在している知人を訪ねてタイへ行った。 新婚旅行は、ドイツとトルコへのバックパッカーみたいな旅だった。

    シンガポールで20時間のトランジットを、遊び倒した日もある。 カナダで車を走らせて、プリンスエドワードアイランドまで行った。 オタワには、住んでいた。

    キャンピングカーで四国や長野へ行った。 子どもたちや両親、姉妹たちとマレーシアやベトナムでホテルステイを楽しんだ。 沖縄は、一人で、友達と、夫婦で、家族で、何度も行った。

    一人旅。バックパッカー。夫婦旅。子連れ旅。三世代旅。キャンピングカー。

    スタイルは、その時その時で変わってきた。 でも、いつでも楽しかった。


    呼吸が深くなる瞬間

    旅先で好きな瞬間がある。

    ホテルの静かな朝。 窓から入る光。 少し古い街並み。 白い器。 バルで飲む昼のお酒。 海外のスーパーをぶらぶらする時間。 キャンピングカーの朝の空気。 人を訪ねて、その人の日常に少し触れる時間。 小さな町の、静かな空気。

    そういう瞬間に、急に呼吸が深くなる。

    観光じゃない。 でも、その場所にいる感じがする。


    旅は、現実逃避じゃない

    家が好きだ。 子どもたちがいる空間。 帰ってくるとほっとする感じ。

    だから旅は、現実から逃げる感じじゃない。

    自分の好きな空気を、外で吸いに行く感じ。 それに近い。

    家にいる時間も、旅に出る時間も、 どちらも自分の好きな時間だ。


    旅先で感じる「好き」は、家と繋がってる

    旅先で惹かれるものが、家で大事にしたいものと、 どこか同じ方向を向いてる気がしてる。

    光。 空気。 上質さ。 静かな時間。 流れ。 素材の感じ。

    旅先でそういうものに触れると、 また家に戻って、暮らしを整えたくなる。

    外で吸った空気が、家の空気になっていく感じ。


    その場所の空気を、少しずつ書いていきます

    キャンピングカーで走った朝の道。 バルセロナの路地。 プリンスエドワードアイランドの風。 オタワで暮らしていた頃の冬。 沖縄の海の色。 シンガポールの20時間。

    その場所で感じた空気を、少しずつ書いていきます。

    「その感じ、わかる」と思ってもらえたら、 なんだか嬉しい。

  • “ちゃんとしてる”は、苦しくなくていい。


    ちゃんとした暮らしをしたい、という気持ちは、今も普通にある。

    主菜も副菜も作りたい。 野菜もちゃんと出したい。 子どもの学習も見たい。 空気も荒らしたくない。

    「全部ゆるくてOK」という感覚じゃない。 ちゃんとしたい、は本音だ。

    でも最近、苦しい頑張り方じゃなくてもいい気がしてきた。


    根性で回したくない

    以前は、外でも家でも、全部を気力で回そうとしてた。

    でも、ある時期から考え方が変わった。

    できないことは、できないと言う。 帰る時間を、少し早いかもくらいで死守する。 外で完璧を演じるのをやめた。

    部署が変わったのも大きかった。 でも、それだけじゃなくて、 自分の時間を、自分で設計するようになった気がする。

    そうすると、家に帰った時に、 少しエネルギーが残ってる。

    余裕がある分、ピリピリしない。 ピリピリしない分、空気が荒れにくい。


    だから、工夫を使うようになった

    フープロで野菜を一気に切る。 オーブンに任せる。 切り野菜を冷蔵庫に置いておく。 アレクサに声かけを頼む。

    ラクしたいだけじゃない。

    ちゃんとした暮らしを、 気持ちよく続けたいから。

    苦しくない形で回せると、 夜の空気が変わる。 子どもの話を聞ける。 料理を、丁寧に仕上げられる。

    過程を自然体にすると、 大事なところに、ちゃんと手が届く。


    完成には、妥協したくない

    過程はもっと呼吸できる形でいい。 でも、完成したものには妥協したくない。

    料理の味。 野菜の感じ。 器。 空気。 家族との時間。

    そこは、ちゃんと大事にしたい。

    効率だけを求めてるわけじゃない。 苦しくない形で、好きなものを大切にしたい。 それだけのことだと思ってる。


    私はこういう暮らし方が、心地いい

    これが正解とは思わない。

    人によって、心地いい形は全然違う。 全部手作りにしたい人もいるし、 全部外注したい人もいる。 どちらも、その人の心地いい形だと思う。

    私はこういう暮らし方が、心地いい。 ただそれだけ。

    でも、「その感じ、ちょっとわかる」と思ってもらえたら嬉しい。

    あ、ラクもしたいけどね(笑)