「何作ろう」が一番、夜を止める。


料理が大変なんじゃなかった。

疲れて帰ってきて、冷蔵庫を開けて、止まる。 何があるかな。 これとこれ、合わせられるかな。 今日疲れてるし、何にしよう。

その「止まる時間」が、じわじわ夜を削っていた。

料理そのものより、 「何作ろう」で消耗してたんだと気づいたのは、わりと最近のことだ。


「何作ろう」で、すでに消耗してる

夕飯前の冷蔵庫の前。 疲れた頭で、あるものを眺めて、献立を考える。

献立が浮かばない。 子どもが食べるかどうか、考える。 時間もないし、でも手を抜きすぎるのも、と思う。

料理を始める前に、すでに消耗している。 その状態でキッチンに立つから、余裕がなくなる。 余裕がなくなるから、夜の空気が荒れやすくなる。

問題は、料理じゃなかった。 「何作ろう」だった。


「これなら何とかなる」状態があると、止まらない

切り野菜がある。 味付け肉がある。

それだけで、夕飯は完結する。

鍋に入れてもいい。 オーブンに並べてもいい。 フライパンで焼くだけでもいい。 具だくさんスープにしてもいい。

「何作ろう」じゃなくて、 「どう火にかけるか」だけ考えればいい。

その違いが、夜の止まり方を変える。

判断しなくていい状態が、 キッチンで止まらない夜をつくってくれる。


土台があると、夜の空気が変わる

切り野菜と味付け肉がある。 出汁がある。

それだけで、「何作ろう」がなくなる。 キッチンで止まらない分、消耗しない。 消耗しない分、子どもの隣にいられる。

夕飯に手をかけなかった夜の方が、 なんとなく夜が整った気がすることがある。

料理が凝ってるかどうかじゃなくて、 キッチンで止まらなかったかどうか。 その違いが、夜の空気をつくってる気がしてる。


頑張る料理じゃなくていい

「何作ろう」で止まらない状態を、少し作っておくだけ。

切り野菜を仕込んでおく。 肉に下味をつけておく。 出汁だけ、用意しておく。

それだけで、夜は少し流れやすくなる。 家の空気が、少し荒れにくくなる。 子どもとの時間が、少し残るようになる。

頑張った感じはしない。 でも、夜が整う。

そういう夜を、少しずつ増やしていけたらいい。


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