重たいのに、抜けている家具。

homeflow — old furniture & air

古い家具が好きだ。
でも、古ければ何でもいいわけではない。傷があるとか、色が濃いとか、昔のものだからいい、というだけでもない。置いた時に、その場所の空気が少し変わるものが好きなのだと思う。

社宅に住んでいた頃、古い箪笥を置いていた。ダイニングキッチンのあたりだったと思う。リビングとの仕切りは取っていたけれど、そこをダイニングとして使っていたわけではなく、ほとんどキッチンの延長みたいな場所だった。だから、あまり物は置いていなかった。

その、すっきりしたスペースに、古い箪笥だけがあった。

それが、すごくよかった。
何もない場所に、箪笥の重さがひとつある。木の色も、形も、今の家具より少ししっかりしていて、そこにあるだけで空間がふわふわしない。でも、まわりに物が少ないから、重たくなりすぎない。ちゃんと重いのに、抜けている。その感じが好きだった。

同じ社宅には、四角いちゃぶ台もあった。太い猫足みたいな形の脚で、引き出しがついている。和室をリビングのように使っていて、ご飯もそこで食べていた。そこにそのちゃぶ台を置くと、部屋が一気に引き締まった。

ちゃぶ台というと、丸くて、少し懐かしくて、やわらかいものを思い浮かべるけれど、そのちゃぶ台は少し違っていた。四角くて、脚に重さがあって、でも低いから圧迫感はない。和室の畳の上に置くと、部屋の真ん中に小さな芯ができるようだった。生活の場所なのに、少しだけ空気が決まる。その決まり方が、ちょうどよかった。

今の家には、食卓がある。ご飯を食べる場所はテーブルになった。ちゃぶ台は、しばらくソファの横に置いていた。子どもが小さい頃は、そこでお絵描きをしたり、少し絵本を立てて本棚みたいにしたりしていた。ご飯を食べる場所ではなくなったけれど、小さな作業台みたいに、ちゃんと居場所があった。

でも、子どもが大きくなって、家族も増えて、ソファも大きくなった。本棚も大きいものが欲しくなった。床も少し空けておきたくなった。そうすると、そこに置き続けることはできなくなった。

今、ちゃぶ台は倉庫にいる。
泣く泣く、という感じでしまっている。

好きだから置いておけるわけではない。家具には場所がいる。部屋の広さや、家族の人数や、ソファの大きさや、床を空けておきたい気持ち。そういうものと一緒に、置ける場所が決まっていく。

それでも、古い家具がひとつ入った時の感じは、やっぱり好きだ。
すっきりした場所に、少し重たいものがある。重たいのに、空気が止まらない。むしろ、その重さがあるから、まわりの余白がきれいに見えることがある。

古い家具のよさは、たぶんそこにある。
全部を古いもので揃えたいわけではない。部屋を重厚にしたいわけでもない。ただ、空いた場所にひとつ置いた時、その家具が部屋の空気を少し締めてくれる。ちゃんとそこにいて、でも邪魔をしない。

社宅のダイニングキッチンにあった箪笥も、和室にあった四角いちゃぶ台も、そういう家具だった。重たいのに、抜けている。古いのに、空気が濁らない。そこだけ少し、部屋の芯になる。

今も使っている家具と、今は倉庫にいる家具。
どちらも、好きなまま残っている。

text — homeflow編集部