カテゴリー: もの

  • 白い靴下は、可愛いから困る。

    homeflow — colors & things

    白いものは好きだ。

    白いタオルとか、白い布とか、白いシャツとか。白いものが、ちゃんと白いままあると気持ちいい。

    白いものは、白いままでいてほしい。だから私は浸け置き洗い派だ。

    でも、靴下の裏は白でいる気がない。足首のところも、甲のところも、ちゃんと白い。

    問題は、足の裏だ。

    白い靴下の、足の裏は白くなくなる。少しずつ黒ずんでいく。子どもの靴下は、なぜそんなに黒くなるのか分からないくらい黒くなる。

    靴下の足の裏は、浸け置きしても大して白くならない。下洗いしたらいい。こすれば、かなり白くなる。

    それは分かっている。でも、面倒すぎる。やってられん。

    うちでは一人だけで日に4足出ることもある。学校用。遊びに行く普段履き。サッカー用。サッカーからの帰り用。

    何足、下洗いするん。だから、やらない。

    学校用の靴下は、黒か紺でいいと思う。私服の時も、問題ないならなるべく濃い色がいい。あえて白じゃなくてもいい場面は、たくさんある。

    でも、白い靴下は、可愛いから困る。

    夫が白い靴下を買ってくる。なんで、と思う。

    でも、可愛いから困る。

    そして彼にとっては、靴下の足の裏が白くないのは当たり前らしい。

    そうか。

    白いものは、白でいてほしい。でも、白い靴下の足の裏は、そうはいかない。

    下洗いした方がいいのは分かっている。でも、結局できない。

    だから、靴下の足の裏は諦める。

    白い靴下は可愛い。

    可愛いから、困る。

    text — homeflow編集部

  • 美術館では、椅子を見てしまう。

    homeflow — place & things

    美術館に行くと、椅子を見てしまう。

    展示室の端に置いてある椅子。壁の近くに置かれている椅子。絵をまっすぐ見られる場所に、ちゃんと置いてある椅子。

    あ、ここに座りたい、と思う。

    もちろん作品を見に来ている。でも、椅子がいい場所にあると、その空間が好きになることもある。座ると絵が違って見える。絵を見ているというより、絵と同じ部屋にいる感じ。

    美術館の椅子は、たまにすごく素敵だ。

    これ、座っていいんですか、と思うような椅子が、普通に置いてあることがある。少し緊張するような椅子にも、美術館では座れる。

    有名な椅子に出会うこともある。

    ウェグナーのThe Chairみたいな静かな椅子も好きだし、天童木工の椅子を見かけることもある。イームズやヤコブセンの椅子も、わりとよく見る。

    ここにこの椅子ね、と思うのは楽しい。

    前に、どこかの美術館でガウディの椅子が置いてあった。

    バルセロナで座ったことのある椅子だった。初めてではないのに、見つけた時はやっぱり嬉しかった。

    あ、これ、また座れる、と思った。

    好きな椅子は、何回座っても嬉しい。

    椅子に座ると、自分も、その場所の一部になったように感じることがある。歩いている時は、作品の前を通り過ぎている人だったのに、座ると、床や壁や光や絵と一緒に、そこに置かれた感じがする。

    たぶん、椅子があるから。

    ただ、そんなことを思いながら座る時もあれば、単純に疲れている時もある。

    美術館は、思ったより歩く。階段もあるし、部屋もいくつもあるし、戻ったりもする。途中から足が重くなってくる。

    そんな時に椅子があると、もう動きたくない。

    ありがとう。

    座った場所から絵がきれいに見えたりすると、なおさら動けない。もうここでいい、と思う。ここから見えるものだけ見ていたい。

    美術館の椅子は、休んでも、休まなくてもいい気がする。

    きれいなものを見に行って、たくさん歩いて、少し疲れて、いい椅子に座る。そこで、さっきまで見ていたものや、まだ見ていない部屋のこともぼんやり思う。

    何かをちゃんと見ているようで、もうあまり見ていない時もある。

    それでも、その時間が好きだ。

    美術館に行っているのに、椅子も見る。そこに座ると、その場所の記憶が変わることも、きっとある。

    たくさん歩いたあとに、いい場所に椅子がある。

    それだけで、もうだいぶうれしい。

    text — homeflow編集部

  • 好きなものは、少しずつ混ざっている。

    homeflow — sense & home

    好きなものは、ひとつの言葉ではあまり言えない。

    古いもの、というより、物語があるもの。誰かが使っていた感じとか、どこかから来た感じとか、時間が少し染みている感じ。そういうものに、どうも目がいく。

    少しズレているものも。どこかに茶目っ気があったり、少しだけ外れていたりするもの。

    空気がきれいなものも好き。白いもの、ガラス、薄い水色、光が通るもの。置いたら、少しすっとするようなもの。

    天然素材のもの。布、木、土、石、紙、ガラス。触った時に、あたたかい感じがするもの。

    手の跡が残っているものも好きだ。刺繍、織り、編み目、少し歪んだ器。完璧すぎないところに、なんか安心する。

    色の名前が少しむずかしいものもある。白だけど真っ白ではない白。水色だけど、少し空みたいな水色。ピンクなのか、ベージュなのか、うまく言えない色。

    そういうものが、少しずつ家の中に混ざっている。

    全部が主役ではないし、全部に理由があるわけでもない。何に使うのかよくわからないものもあるし、ただ置いてあるだけのものもある。

    でも、目に入るとうれしい。

    少しずつ集まって、少しずつ混ざって、いつの間にかうちの空気になっている。

    text — homeflow編集部

  • いつか何かに使うかも。

    homeflow — fabric & someday

    いつか何かに使うかも、と思うものがある。

    着物の端切れや、絣の小さい布が売っていると、つい見てしまう。何に使うかは、まだない。

    でも、やっぱりいいものはいい。

    小さいアンティークボタンや、タッセルみたいなものも、たまに欲しくなる。いつも何かを作っているわけではない。でも、なんとなく、これは何かになりそうだなと思ってしまう。

    実家に、模様の入ったリボンテープがあった。たぶん、おばから母のところに来たものだったと思う。

    母がつかっていいよと言ったから。

    めちゃくちゃ可愛くて、いつか何かに使いたいなぁと思いながら、しばらくしまっていた。

    だいたい、出番はない。「いつか」は、なかなか来ない。

    でも、たまに来る。

    友達の結婚式で、リングレストを作ってほしいと言われたことがあった。その時に、そのリボンテープと、沖縄で拾ったサンゴの欠片を使った。

    それが、すごく可愛くできた。

    あ、これは可愛い、と思った。友達も喜んでくれて、それがすごくうれしかった。

    こういう時、置いてあってよかったなと思う。

    だいたいすぐに出番は来ない。いつか何かに使うかも、と思ったまま、ずっとそこにあるものも多い。

    でも、たまに何かになる。

    そういう時は、すごくうれしい。

    text — homeflow編集部

  • あ、これ好きだった。

    homeflow — closet & memory

    衣替えをすると、忘れていた服や小物が出てくる。前のシーズンには普通に使っていたはずなのに、しまっている間に少し忘れている。
    あ、これもあったね、となる。

    すごく好きなヘアバンド。色と柄がめちゃくちゃかわいくて、つけた時の感じもよくて、ほんとにめっちゃ使った。
    それを見て、夫は、私はヘアバンドが合うと思ったのかもしれない。何個かプレゼントしてくれたことがある。でも、どれも少し違った。

    ヘアバンドなら何でもよかったわけではなくて、あれがよかったみたいだ。

    そのヘアバンドは、ゴムが伸びてしまった。直せるかなと思ってしまっていたけれど、すっかり忘れていた。

    衣替えの時に出てきて、あ、これ使いたい、と思った。
    でも、やっぱりゴムは伸びている。直すのも大変そうで、結局捨てた。可愛かったけどねー。

    スウェットにも、そういうものがあった。丈が少しだけ短くて、身頃は幅広で、ドルマンスリーブだった。丸い模様がたくさんついていて、そこにビーズが刺繍がされていた。袖も裾も襟ぐりも切りっぱなしで、すごくかわいかった。

    もう一個同じのが欲しいと思ったほど。

    それも伸びてしまって、結局捨てた。
    捨てたくなかったんだけどな。

    似たようなものを見つけても、少し違う。新しい方がきれいでも、便利でも、やっぱり前のあれがよかったな、と思うことがある。

    そういうものが、たぶんいくつかある。

    text — homeflow編集部

  • レシートは、すぐ捨てたい。

    homeflow — wallet & paper

    レシートは、すぐ捨てたい。最近はそう心に決めている。

    もらったら、すぐ捨てる。いらないものは、財布に入れない。そう思っている。

    でも、なぜか一回財布に入れる。

    今ここでは捨てない。あとで捨てようと思って、財布に入れる。そして、だいたいあとで捨てない。

    レシート。領収書。受け取り証。クーポン。

    少しずつ違う顔をして、財布の中に入ってくる。

    これは一応いるかもしれない。返品するかもしれない。交換するかもしれない。金額を確認するかもしれない。このクーポンは、使うかもしれない。

    そう思っているうちに、財布がパンパンになる。

    財布を開けるたびに、なんか厚いなと思う。そしてある日、急に嫌になる。

    なんでこんなに入っているんだろう。

    そう思って、車の助手席でいきなり整理し始める。

    家に帰ってからやればいいのに。でも、その時に嫌になったのだから、もうその時にやるしかない。

    レシートを出して、領収書を出して、受け取り証を見て、クーポンを見て、これはもういいか、と思いながら分ける。

    たぶんほとんどいらない。

    でも、全部いらないとは言い切れない。返品とか、交換とか、なくもない。

    その「なくもない」が、けっこう強い。

    だから一回財布に入る。

    その一回が、けっこう強い。

    レシートは、すぐ捨てたい。本当にそう思っている。

    でも今日もたぶん、どこかでもらったら、一回財布に入れると思う。

    text — homeflow編集部

  • 好きは、急に変わらない。

    homeflow — memory & sense

    小学校高学年の頃、年の離れた従兄弟から服をもらうことがあった。

    従兄弟は小柄で、私は背が高かったので、大人の服でも着られるものがあった。

    今思うと、子ども服とは少し違う服だった。ギラッとした素材だったり、丈が短かったり、少し体に沿う形だったり。たぶん、その頃の流行の気配があったのだと思う。

    そういう少しクセのある服を、自分の好きな服の中に混ぜて着ていた。

    当時もたぶん、少しずらしていたのだと思う。

    小学校の先生に「それ、どこで買うの」と聞かれたことがある。嬉しかったのか、照れたのか、あまり覚えていないけれど、その場面だけ残っている。

    大人になってから、わかるようになったものもある。

    お皿や陶磁器、花瓶のような日用雑貨の良さは、料理をするようになってから少しずつわかってきた気がする。器に目が向くようになったのは、もう少し後のことだと思う。

    でも、選ぶものの芯はあまり変わっていない気がする。

    自分のスタンダードに、少しクセのある変なものを混ぜる感じ。

    その感覚は今の方が少し洗練されたかもしれないけれど、根っこは昔からたぶん、そんなに変わっていない。

    text — homeflow編集部

  • 爪は、結局自分でやっている。

    homeflow — nail & time

    爪は、結局自分でやっている。

    本当は、人に任せたい気持ちもある。座っていればきれいにしてもらえて、終わったら爪が整っている。それはそれで、かなりいい。

    でも、サロンに行くには予約がいる。

    子どもの予定を見て、夫の予定を見て、自分の空いている時間を探して、その時間にちゃんとそこへ行く。しかも、子どもたちの予定は急に変わったりもする。

    そこまで含めると、予約する前から少し遠い。

    サロンで過ごす時間も、楽しい時はある。でも、そうでもない時もある。気を使ってこちらから話したり、何かちゃんと過ごそうとしてしまったりするのが、結構しんどい時もある。

    だから、結局自分でやっている。

    家でやると、工程をちょびちょび進められる。今日はオフだけ。少し休んで、次に形を整える。色を塗るのは夜にする。そんなふうに、自分の生活の隙間に入れられる。

    もちろん、利き手が使えないのは結構大変だ。片手をライトに入れている間、もう片方で何かをしようとして、できない。細かいところも、思ったより時間がかかる。

    それでも、何かを自分でするのは嫌いじゃない。

    色を選んで、光り方を見て、少しだけ飾る。爪の中に、自分の小さい世界を作れるのも好きだ。

    手を動かすと、光の線がすっと走る。洗い物をしている時とか、何かを持った時とか、ちょっとした作業の途中でそれが見えると、少しウキウキする。

    しかも、材料代だけだとかなり安い。そこも、かなりいい。

    人に任せたい気持ちもある。でも今の私は、予約して出かけるより、家で少しずつライトを出す方を選んでいる。

    爪が変わると、手元が少し変わる。手元が変わると、いつもの動きも少し違って見える。

    その小さい変化くらいなら、自分で作れる。

    だから今日も、結局自分でやっている。

    text — homeflow編集部

  • 紙袋は、いる。たまる。

    homeflow — thing & paper

    紙袋は、いる。

    人に何かを渡す時にいる。ちょっとしたおすそ分けとか、借りていたものを返す時とか、子どもに何かを持たせる時とか。なくてもどうにかなる時もあるけれど、あると助かる。

    だから、置いておく。

    でも、置いておくとたまる。

    小さい紙袋、大きい紙袋、しっかりした紙袋、少しだけ可愛い紙袋。紙が厚めだったり、持ち手がちゃんとしていたり、色がよかったりすると、すぐには捨てられない。

    ちょっといい紙袋は、人に何かを渡す時に使う。あまりくたびれていなくて、ロゴが強すぎなくて、持った時にちゃんとして見えるもの。そういう紙袋は、なんとなく取っておく。

    でも、たくさんあるのに、いざ使おうとすると、ちょうどいいのがない。

    大きすぎる。小さすぎる。横に広すぎる。縦に長すぎる。持ち手が少しよれている。ロゴが目立ちすぎる。これはちょっと違うな、と思って戻す。

    紙袋は、あるだけではだめらしい。

    ちょうどいい紙袋がいる。

    その「ちょうどいい」が、なかなか難しい。入れたいものがすっと入って、持った時に変じゃなくて、相手に渡しても大げさすぎないもの。そういう紙袋は、あるようであまりない。

    だから結局、また置いておく。

    いるから置いておく。置いておくから、たまる。たまっているのに、ちょうどいいものは少ない。

    紙袋って、そういうものなのかもしれない。いると言いながら、たぶん少しだけ、捨てる決断を先延ばしにしている。

    text — homeflow編集部

  • 小さいスプーンは、つい買ってしまう。

    homeflow — thing & table

    小さいスプーンは、つい見てしまう。

    デザートスプーンとか、ティースプーンとか、大きいスプーンより少し小さいもの。何に使うのかは一応あるけれど、なくても困らないようなもの。でも、かわいいものがちょいちょい現れる。

    小さいものは、なんであんなにかわいいんだろう。

    食器屋さんでも、雑貨屋さんでも、旅先でも、小さいスプーンがあると見てしまう。形が少し変わっていたり、持ち手がかわいかったり、金属の色がよかったりすると、つい気になる。

    スペインでも買った。かわいいと思って。

    でも、帰ってきて使ってみたら、軸とさじの部分が一体ではなかった。たぶん、何かでとめてあったのだと思う。蜜蝋みたいなものなのか、接着剤なのか、よくわからない。

    それを、普通に食洗機に入れた。

    そしたら、何かがゆるんだのか、溶けたのか、さじの部分が回るようになった。正面を向いてくれない。持ち手はまっすぐなのに、さじだけ少し横を向く。

    かわいいと思って買ったのに、実用としては少し頼りない。

    なんとものを見る目のないことよ、と思う。

    でも、そういう失敗をしても、小さいスプーンはまた見てしまう。なくても困らないのに、あると少し嬉しい。デザートを食べる時でも、ヨーグルトを食べる時でも、ちょっとしたものをすくう時でも、大きいスプーンより小さい方がいい時がある。

    小さいスプーンには、少しだけ余分なかわいさがある。

    ちゃんと役に立つものとして買っているつもりなのに、たぶん半分くらいは、かわいいから買っている。そこが危ない。でも、そこが好きなのだと思う。

    またどこかで、ちょっとかわいい小さいスプーンを見つけたら、たぶん手に取ってしまう。

    今度は、さじが回らないかだけは、ちゃんと見ようと思う。

    text — homeflow編集部