家が荒れていたというより、 自分が詰まっていたんだと思う。
最近、そう感じるようになった。
外で頑張りすぎると、家で止まる
昔の私は、外で頑張りすぎていた。
仕事で気を遣う。 ちゃんとしようとする。 全部回そうとする。 完璧にやろうとする。
家に帰る頃には、もうエネルギーが切れてた。
その状態で、 宿題、お風呂、歯磨き、夜ご飯、兄弟げんかが始まる。
怒りたいわけじゃないのに、声が大きくなる。 子どもに当たってしまう。 夜の空気が、じわじわ重くなっていく。
あの頃は、子どもが原因だと思ってた。 でも今思うと、自分が詰まってただけだった。
ある時期から、急に楽になった
ある時期から、急に楽になった気がした。
完璧じゃなくてもいいよね、って思えるようになったというか。 力の抜き方が、少しわかってきた気がする。
適当になったわけじゃない、たぶん。 「これくらいでいい」の基準が、 自分の中に育ってきた感じに近い。
外で頑張りすぎない。 ちゃんとやらない。 抱え込みすぎない。
そうすると、不思議と家の空気が荒れにくい日が増えた。
でも、綺麗に割り切れてはいない
それでいいの? 社会ってそんな甘くないよね?
その気持ちも、まだ普通にある。
完璧にやらなくていい、と頭ではわかってても、 なんかもっとできたんじゃないかと思う夜もある。
でも、家でずっとピリピリしてるより、 少し余白がある方が、 自分にも子どもにもいい気がしてる。
まだ揺れてる。 でも、揺れながら、少しずつわかってきてる気もする。
工夫は全部、自分を止めすぎないためだった
出汁を仕込んでおく。 オーブンに任せる。 切り野菜を冷蔵庫に置いておく。 アレクサに声かけを預ける。
これ、家を回すためだけじゃなかった気がしてる。
自分のエネルギーを、残すためでもあった。
キッチンで消耗しない分、子どもの話を聞ける。 声かけを任せた分、怒らなくて済む。 ほったらかしてる間に、少しだけ座れる。
全部つながってた。
ママが詰まると、家も止まる
子どもの流れだけ整えても、 親が詰まってたら、夜は荒れる。
だから、自分を詰まらせないことも、 家の流れをつくることの一つなんだと思ってる。
完璧じゃなくていい。 力を抜いていい。 余白があっていい。
そうやって、自分が少し整うと、 不思議と家の空気も、少し整う夜がある。
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