特別な日じゃなかった。
誕生日でも、運動会でも、発表会でもない。 ただの、平日の夜。
でも、なんだかすごく嬉しかった。
こんな夜があった
ゲームをしてた。 楽しそうに、夢中でやってた。
時間になったら、自分で終わらせた。 歯磨きに、自分で行った。
それだけ。 それだけなのに、なんだかウキウキした。
ちゃんと育ってるんだな、と思ったら、 心がすごく軽くなった。
全部できた日じゃなかった
宿題、全部終わってたわけじゃない。 夜更かししてた日もある。 完璧な夜じゃなかった。
でも、 自分で時間を見てた。 自分で動こうとしてた。 前より、少し伸びてた。
そういう夜の方が、あとから心に残る気がしてる。
「全部できたか」より、「伸びてるか」
私は、主菜も副菜も作りたいし、 野菜もちゃんと出したい。 学習も見たいし、子どもに力をつけてほしい。
全部ゆるくてOK、という感覚じゃない。
でも、全部を親が握って、 ピリピリ管理したいわけでもない。
最近は、 「全部できたか」より、 「自分で動こうとしてたか」 「前より少し伸びてたか」 「家の空気が壊れなかったか」
そういう夜の方が、なんだかいい夜だった気がする。
育っていく流れが、見えた夜
毎日、なんとか回してる。 夕飯を作って、宿題を見て、お風呂に入れて、寝かせる。
その繰り返しの中に、 ふと、「あ、育ってるな」と思う瞬間がある。
自分でゲームを終わらせた。 歯磨きに行けた。 少し嫌でも、家庭学習を頑張った。
誕生日みたいな特別な日じゃないのに、 なんだかすごく嬉しい。
この毎日が、ちゃんと積み重なってたんだな、と思うと、 心がウキウキする。
全部握らなくていい
管理したいわけじゃない。 でも、放置したいわけでもない。
その間で、毎日手探りしてる。
でも、伸びてる流れが見えた夜は、 なんだかこの毎日が報われる気がする。
完璧じゃなくていい。 全部できなくていい。
ちゃんと育ってるんだな、と思える夜が、 たまにあるだけで、十分だと思ってる。
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