カテゴリー: 空気

  • 大皿と、小皿のリズム。

    homeflow — dish & table

    うちは、おかずを大皿で出すことが多い。

    おかずの種類だけ、大皿や中皿が並ぶ。どんと置く皿もあるし、少し深めの皿もある。炒めもの、焼いたもの、和えたもの。料理に合わせて、なんとなく皿を選ぶ。

    真ん中に皿がいくつか並ぶと、テーブルに少し動きが出る。

    それぞれの前には、取り皿を置く。小皿だったり、小鉢だったり、醤油皿くらいの小さい皿だったりする。うちの小皿は、きれいに揃っているわけではない。大きさはだいたい近いけれど、深さも形も少しずつ違う。

    でも、たぶんその感じが好きなのだと思う。

    全部同じ皿が人数分きれいに並んでいるのも、もちろんいい。でもうちの食卓は、大皿と、少しばらばらの取り皿がある方がしっくりくる。

    好きなように取ればいい、という形に見えるけれど、実際はだいたい最初に親が食べてほしい量を分けている。野菜も少し、肉も少し、これは食べてほしいなというものを先に入れておく。

    完全に自由な食卓というわけでもない。

    それでも、大皿が真ん中にあると、少し楽しい。「これ取って」「それもう少しいる?」「この皿でいい?」みたいなやりとりが自然に入る。おかずが皿から皿へ動いていく感じがある。

    大皿と小皿があると、テーブルにリズムが出る。

    整っているというより、少し動いている。きれいに盛りきるというより、食べながら形が変わっていく。そこが、うちの食卓には合っている気がする。

    大雑把だからそうなったのかもしれない。でも、その方が少し楽しい。

    今日もたぶん、大皿を出して、小皿をいくつか出す。ぴったり揃っていない皿たちが、なんとなく並ぶ。それだけで、食卓が少し始まる感じがする。

    text — homeflow編集部

  • いいものが、紛れている店。

    homeflow — shop & air

    好きなお店は、入る前から少し気配がある。

    外から見て、なんとなく入ってみる。入ったら一応ぐるっと見る。何もなければ出る。それだけのことなんだけど、「ここには何かありそう」と感じる店と、そうでない店がある。一瞬で決めているようで、実は少しずつ判断している。

    探すものによって、入りたい店の空気は変わる。

    会社用の服を買うなら、きれいに整った店がいい。サイズや素材や形がちゃんと見やすくて、安心して選べる場所。そういう時は、整っていることがありがたい。

    でも、家のものを探す時は、少し混ざっている場所の方が楽しいことがある。古いもの、変なかたちのもの、少し安そうなもの、でもなんかいいもの。そういうものがガラクタっぽい棚の中に紛れていそうな店に入ると、ウッキウキする。宝探しみたいに、奥まで見たくなる。

    私服を探す時も、少し可愛いものが混ざっている店が好きだったりする。変わった形や柄、一見ちょっと変わっているけど、着てみたら可愛いかもしれないもの。普通の棚にすっと並んでいるより、少しだけ浮いているけど、ちゃんと可愛いもの。そういうものがあると、見ていて楽しくなる。

    雑多なら何でもいいわけでもないし、整っていれば重いわけでもない。大事なのは、まだ何かありそうなこと。決まりすぎていないこと。自分が見つけられる余白があること。

    棚の中に、急に目が止まるものがあると、それだけで少し楽しい。何も買わなくても、ちょっと見てよかったなと思う。

    text — homeflow編集部

  • おにぎりは、だいたい大きくなる。

    homeflow — kitchen & living

    木のトレーや竹のザルに、小さなおにぎりをきれいに並べるのは好きだ。ごくたまにやると、やっぱりいいなと思う。

    白いごはんと海苔だけなのに、木や竹に置くと少し空気が出る気がする。

    でも実際の家のおにぎりは、だいたい大きい。一人一個。大きめに握って、ぼん、と置く。きれいに並べるというより、とりあえず足りるように作る。

    ラップのまま置く日もある。お皿に置く日もある。キッチンに並んでいるだけの日もある。好きな置き方はあるけれど、毎回そんなふうにはできない。

    それでも、おにぎりがあると少し安心する。きれいじゃなくても、ちゃんと家のごはんという感じがする。大きくて、少し現実的で、でもそれがなんか好きだ。

    text — homeflow編集部

  • 朱色が好き。

    homeflow — thing & color

    赤が好きだと思っていた。でも振り返ると、本当に心に残っているものは、朱色が多かった。

    大学に入った頃、姉と買い物をしていて、ものすごく好きな靴を見つけた。スペインのインポートの靴で、つま先が丸くて、白い革紐で縁取りしてあって、正面でリボン結びになっていた。セールになっていて、姉に誕生日プレゼントで買ってもらった気がする。その時は赤い靴だと思っていたけれど、今思えば朱色だった。いつかオーダーメイドしたいくらい好きで、今も捨てられずにいる。

    その後、代官山を一人で歩いていた時に、古着屋でまさに好きな色のブラウスを見つけた。一点ものの古着で、「え、これ着ないと」と思った。でも時間切れで戻れず、そのまま買えなかった。ずっと心に残っている。今思えば、あれも朱色だった。

    最近まで長く履いていたミモレ丈のスカートも、赤いスカートだと思って買った。でも人には「そのオレンジのスカートいいね」と言われた。あとから、これも朱色だったんだと気づいた。10年以上履いた。何度かお直しをしたけれど、最後は生地が傷んで裂けてしまって、数ヶ月前に手放した。今でも同じものが欲しいくらい、忘れられない。

    赤だと思っていた。でも、少しオレンジが入っている。人からはオレンジと言われることもある。でも自分には、やっぱり赤に見える。その間にある色。朱色は、赤より少しやわらかくて、オレンジより少し色気がある。派手なのに、どこか古くて可愛い。

    白やガラスや水色の空気の中に入ると、少しだけ空気を動かしてくれる。運命的に好きだったものを思い返すと、なぜか朱色が多い。赤が好きだと思っていたけれど、たぶんずっと、朱色が好きだったんだと思う。

    text — homeflow編集部

  • やっぱり、派手なものも好きだった。

    homeflow — thing & color

    うちの器は基本的に、白や無地、落ち着いたものが多い。やちむんみたいに少し柄があるものもあるけれど、全体的には静かな感じだ。でも、そこに少し派手なお皿が混ざると、テーブルの空気が急に楽しくなる。

    伊万里焼や鍋島焼みたいな、赤や金や柄が入った華やかな器は、少しくどいのかなと思っていた。でもセカンドハンドのお店で、懐石料理に出てきそうな小さなお皿を見つけて置いてみたら、なんかよかった。白い皿の中に、少し色と柄が入る。それだけで、食卓が少し動く感じがした。

    派手なら何でもいいわけではない。色や柄が入っていても、自分の家の空気にすっと混ざるものと、少し浮いてしまうものがある。

    白い皿の中に、少し派手なものが入る感じも好きだ。でも、派手なもの同士が並んでいるのに、なぜか重くならない時もある。その違いがどこにあるのかは、まだよく分からない。

    でもたぶん、そこにも何かしら抜けがある気がする。

    余白ばかりだと、少しさみしい。でも派手なものばかりだと、たぶん重い。余白の中に、少し派手なものがあるくらいが好きなのかもしれない。ニワトリのスカートと、たぶん同じ感じだ。

    うちは、そろいのお皿があまり多くない。おばあちゃんちから持ってきたガラスの器みたいに、セットで数があるものもある。でも自分で買う取り皿や小皿は、人数分きっちり揃えることをあまり意識していない。一枚だけ買ってみる。二枚しかないから、とりあえず二枚買う。そういう買い方が多い。

    食卓に違う器が混ざる感じが可愛い。揃っていないけど、ばらばらでもない。同じシリーズではないのに、なんとなく同じ空気がある。そういう食卓が、自分の家の感じに合っている気がする。

    text — homeflow編集部

  • コップは、透明な方が好きだけど。

    homeflow — thing & time

    ガラスのコップは、透明な方が好きだ。綺麗に光を通してくれる方がいい。使っていると傷がついて、だんだん曇ってくる。洗っても綺麗にならなくなる。それを単純に「綺麗」と思うわけではない。だいたいはそこまで曇る前に割れてしまう。だから、白く曇ったコップを見ることはあまりない。

    でも、実家でそれを見た時に、少し愛着が湧いた。

    実家では、同じ種類のコップを何代も買い足して使っている。だから、そのコップがいつからいたものなのか、もうよく分からない。ほとんどはまだ透明だったり、少し傷があるくらい。でも、2〜3個だけ、真っ白に曇っているものがあった。

    それを見て、「そうか。頑張ってくれたんだね」と思った。きっと、私たちが子どもの頃から、何万回も飲み物を入れられて、洗われて、また使われてきたのかもしれない。本当のところは分からない。でも、いつからいたか分からないからこそ、そうやって少し思いを馳せる感じがいい。

    透明なガラスが好きだ。綺麗に光が通る方がいい、というのは今も変わらない。でも、使われて白く曇ったコップには、綺麗さとは別の何かが残っている気がする。劣化ではなく、時間、みたいな感じ。

    text — homeflow編集部

  • 窓の外の緑くらいが、ちょうどいい。

    homeflow — green & air

    緑はすごく好きだ。都会も好きだし、街の便利さも嫌いではない。でも、週末くらいは緑を見ながらゆっくりしたいと思う。今の家は街の真ん中にあって、窓から緑があまり見えない。だから余計に、実家の窓から見えていた山の景色を、最近すごく思い出す。

    実家は住宅街だけど、少し高い位置にあって、自分の部屋の窓からは山がよく見えた。山との間には家がたくさんあるはずなのに、地形の関係でほとんど見えず、山だけが視界に入った。最近になって、あれはかなり奇跡的な景色だったと思う。その窓からの山が、今でもすごく好きだ。

    家の中にも植木鉢がたくさんあった。母は昔から植物を育てるのが好きだったんだと思う。でも、その植物は子どもの自分には少し”禁断”だった。葉っぱを触ったりしたら怒られそうで、あまり手が出せなかった。その感じが今も少し残っているのかもしれない。

    部屋に緑がある景色はすごく好きで、何度か自分でも育てようとした。でも、やっぱりうまくいかない。水やりを忘れて、気づいたら枯れている。ものを育てるのは、あまり得意ではないんだと思う。花を枯らすのと、たぶん同じ感じだ。

    だから枝ものに手が伸びやすい。育てなくていいし、空気がある。そこに置いておくだけで、少し緑の気配がする。

    育てる緑より、そこにあってくれる緑の方が、自分には合っているのかもしれない。窓の外の山でも、庭の木でも、誰かの家の緑でも。自分で管理しなくていい緑に、安心している気がする。

    部屋に緑がある景色は今も好きだ。でも、窓の外の緑くらいがちょうどいい、自分で持つには、少し重いというのが、たぶん自分に正直な感じだと思う。

    text — homeflow編集部

  • 花を飾れる人に、少し憧れている。

    homeflow — living & air

    大人になったら、駅やスーパーで花を一輪だけ買って、家に飾るような暮らしをなんとなく想像していた。一輪だけなら買えるし、生活の中に少し花がある感じが、なんかよさそうだと思っていた。

    でも実際には、あまり買えない。理由はわかっている。何度も花を枯らしてきたから。水替えを忘れる。気づいたら干からびている。植木鉢も何度もだめにしてきた。小学校のプランターも、人より育つのが遅かったり、実ができなかったりした。水をやっているつもりなのに、なぜかうまくいかない。

    実家の母は、花を自然に飾れる人だ。庭でも花を育てているし、その辺の瓶をすぐ一輪挿しにする。義母もそういう人で、妹の家にも、ちゃんと花が飾ってある。そういう家を見ると、「なぜ私にはできないのだ」と思う。

    花が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。でも、花を生活に自然に入れることが、自分には少し遠い。生活圏に花屋がないことも、けっこう大きい。

    だから、たまに飾るなら、花より枝物へ行きがちだ。枝物は少し持つし、華やかすぎず、空気がある。その辺の瓶に一本だけ挿しておくだけで、なんとなく成立する。花を飾れる人への憧れは今もあるけれど、自分にはこのくらいの距離感が、たぶんちょうどいい。

    いつか花を自然に買える人になるかもしれないし、ならないかもしれない。でもたまに枝物があると、少し空気が変わる。今は、そのくらいで十分な気がしている。

    text — homeflow編集部

  • 来客用と、日常のあいだ。

    homeflow — thing & time

    ゴールドのトレーの上に、好きなコップや器をいくつか並べている。フルッタグラス、結婚祝いにもらったかわいい湯飲み、金継ぎした最初の作品。来客用、といえばそうなんだけど、完全にそういうわけでもない。

    湯飲みは、割れてしまって捨てられなくて、金継ぎをやってみた最初のものだ。作品として閉じてしまうより、また使いたかった。だから、しまいこまずにトレーの上に置いている。お客さんが来た時には出すし、そうでない時は、そこにいる。

    星の王子さまのお茶碗もある。上の子が小さい頃に使っていたもので、母と陶器市に行った時に買ってもらった記憶がある。これも金継ぎ済みで、最近は下の子がそろそろ使えそうで、また日常に戻してみたりしている。完全な来客用ではなく、日常と来客のあいだを、ゆっくり行き来している感じだ。

    オープンラックに置いているから、正直、ほこることもある。お客さんが来る前には洗い直す。それが少し現実だ。でも、そこに並んでいる景色が好きで、しまおうとは思わない。

    ゴールドのトレーの上に並んでいる景色が好きで、少しよそゆきの空気もある。でも、また使える場所にある。大事にしまいこむより、生活の近くに置いておきたい。また使うために、そこに置いているのかもしれない、という感じが一番近い気がする。

    text — homeflow編集部

  • 漂白された布巾が好き。

    homeflow — kitchen & white

    布巾はすぐ何かの色がつく。料理をすれば、何かが染みる。赤い線の入った布巾でも、気にせず漂白してしまうから、線の色もすぐ褪せる。それでも、漂白する。

    真っ白な布巾は好きだ。でも、新品の白だけが好きなわけではない。何度も使われて、汚れて、漂白されて、また白へ戻ってくる布巾にも、なんか落ち着く白がある。

    実家では、布巾がタオルだった。いつも真っ白で、ふかふかだった。自分の家ではタオルだとかさばるから布巾を使っている。実家ほど綺麗に白いわけではないけれど、それでもしょっちゅう漂白している。白へ戻そうとする感覚は、たぶん実家から来ているんだと思う。

    完全に綺麗にしたい、というより、布巾が白へ戻ると、キッチンの空気が少し戻る感じがする。完璧な白ではない。でも、使われた白が、また少し白へ近づいていく感じ。それだけで、なんか気持ちがいい。

    丁寧な暮らしの話ではなく、毎日汚れるものを、また少し白へ戻したいという話。キッチンの空気が少し整う。それだけのことなんだけど、なんかずっと、白へ戻ってくる。

    text — homeflow編集部