homeflow — kitchen & season
夏の台所は、とにかく暑い。
そうめんを茹でる鍋の湯気が、もう顔に当たる。
エアコンをつけていても、コンロの前だけは別の空気だ。
夏の夕食は、そうめんや冷やし中華に助けられる日がある。
下味冷凍の肉を焼いたり、冷凍餃子を焼いたりもするけれど、麺の日は、タンパク質はどこに足すか。
野菜は、きのこは、となる。
栄養は別で考えなきゃなーと思う。思うけれど、そこまでたどり着かない日もある。
冬は、鍋がある。鍋は、神メニューだと思っている。肉も、魚も、豆腐も、白菜も、しめじも、えのきも、全部ひとつの鍋に入れられる。
夏に「別で準備しなきゃ」と思っていたものが、ぜんぶそこに入る。
包丁で切って、ぽんぽん入れて、火にかけていれば、なんとかなる。
そりゃ登場頻度が多くなるよね、という話で、うちでもよく出てくる。それでも、そこまで飽きない。
鍋の味が違うとか、具が少し変わるだけで、別の料理みたいになる。
冬の台所でもうひとつ。炊飯器のご飯の流れが見えやすくなることだ。
夏は、炊いたご飯をすぐ冷蔵庫に入れる。
だから冷蔵庫の中にご飯があるのかどうか、ぱっと見でわからない。
夫がご飯を炊いてくれていて、ありがたいんだけど、あ、ご飯あるんよ、となることがある。責めているわけじゃない。
でも、冷蔵庫に入れたご飯は、存在感が薄い。
冬は、炊飯器にそのままご飯が残っている。
翌日にはだいたいなくなって、なくなったら次を炊く。
その流れが自然にできている。
炊飯器の中を見れば、ご飯の残量がわかる。
たったそれだけのことが、台所を少し見通しやすくしてくれる。
湯気が上がっている台所は、少し落ち着いて見える。鍋の湯気でも、炊飯器の湯気でも、お湯を沸かしているだけでも。
白い煙みたいなものが台所に漂っていると、なんかここは動いているな、という感じがある。
夏のむわっとした台所とは違う、あたたかさ。
料理をするようになってから、冬の台所が少し好きになった。
今夜も鍋に何でも入れて、炊飯器のご飯と食べる。
そりゃ、冬の台所が少し好きになる。
text — homeflow編集部