カステラの端っこが、家にたくさんあった。

homeflow — memory & kitchen

母は昔から、家でずっと何かをしていた。

キッチンにいることが多くて、その時々でハマっているものが違った。カステラの時期、パンの時期、ケーキの時期、クッキーの時期。裁縫にのめり込んでいる時期もあったし、本を読みふけっていることもあった。

母が何かしている横で、子どもたちも何かしていた。パンをこねたり、粘土をしたり、自分で本を書いたり、庭でドロケーキを作ったり。家の中に、何か作っていていい空気があった。今思えば、そういう場所だった。

カステラにハマっていた頃は、家に端っこがたくさんあった。

焼いたカステラの両端の部分は、おやつに食べていいよ、と言われて、最初はおいしい。でも飽きるくらいあった。それくらい、母はよく焼いていた。

友達が遊びに来ると、みんなよく食べた。おいしい、もっとちょうだい、と。いつでもこんなカステラ食べられていいな、と言われて、端っこに飽きているくせに、ちょっと嬉しかった。

あとで聞いたら、法事のお土産のようなものに使うために焼いていたらしい。小さい子どもが何人もいる時期に、よくやるよね、と今なら思う。私なら多分、途中で寝てる。

たまに食べると、めちゃくちゃおいしい。今でも無性に食べたくなることがある。母は今でも焼いてくれて、うちの子どもたちも大好きで、朝ごはんになることがある。カステラがあると、安心する。子供たちが、喜んで完食してくれるから。

自分もレシピを教わって、時々焼くようになった。誰かに渡したり、お礼に使ったりすると、本当に喜んでくれる。自分がすごいというより、母から来たこのカステラが人のところにちゃんと届く感じがして、それがありがたいと思う。

端っこに飽きていたくせに、今でもたまに食べたくなる。

母から来たカステラは、今もたまに、うちの朝ごはんになったり、誰かへのお礼になったりする。そういうところも、なんか好きだ。

text — homeflow編集部