homeflow — place & feeling
ダリのことを、そんなによく知っていたわけではなかった。
日本で見ていたダリの印象は、少し暗くて、少し怖かった。溶けた時計とか、骨みたいなものとか、なんとなく不穏な感じ。友達が好きだったな、くらいの記憶はあったけれど、自分の中ではまだ遠い人だった。
最初に行ったのは、ダリの劇場美術館だった。せっかくだから行ってみよう、くらいの気持ちだった。その先にダリの家もあることは知っていた。でも、さらに遠いし、バスの時間も限られている。間に合えば行こうかな、くらいだった。
それでも、なんとなく気になっていた。美術館を見ながら、このあと行けるかな、という気持ちが少しあった。もう一周してもいいかなと思った頃に、今からバス停へ行けばちょうどいいかもしれないと思って、たいして調べもせずにバスに乗った。予約がいると書いてあったから、ポルリガットに着いてから電話した気がする。今思うと、なかなか適当だ。
その日だけで、ダリの印象は何度も変わった。
最初は、少し怖い人だった。劇場美術館に行ったら、怖いというより、おもしろい人になった。ガチャガチャしていて、シュールで、でも暗いだけではない。なんだ、すごく楽しい人なんだ、と思った。
そのままの印象で、ポルリガットの家へ行った。
家に入って、また印象が変わった。
ダリの家は、全然変じゃなかった。少なくとも、私が想像していたような奇抜な家ではなかった。落ち着いた白い家に、芸術家の感性が散りばめられている。その散りばめ方が、ものすごくうまい。なんてセンスのいい家なんだろうと思った。
その時、ミシュラン人形を見て、すごく好きだと思った。でも同時に、なんでここにこれを置いたんだろう、とも思った。白くて、海が見えて、気持ちのいい家に、急にあの人形がいる。好きだけど、理由はまだよくわからなかった。
それからずいぶん経って、家族でもう一度行った。
その時はレンタカーで、バルセロナから向かった。街の景色が少しずつ変わって、だんだん田舎になって、海が見えて、オリーブの木やブドウ畑が出てくる。地中海っぽい景色の中を走って、また山の方へ上がっていく。その道も、やっぱりよかった。
ダリの家美術館に着くと、白い家と海がある。卵もある。外から見ただけでも、なんてところに来たんだ、と思う。
中に入ると、明るくて、落ち着いていて、風が通る。窓から見える景色も、たぶんちゃんと考えられている。海の見え方、光の入り方、白い壁。まず、家そのものが気持ちいい。
ベースは、全然ふざけていない。
そこに、卵やミシュラン人形みたいなものがある。普通に考えたら、少し不思議なものだと思う。でも、それが浮いていない。白くて、海が見えて、風が通って、景色まで気持ちいい家に、茶目っ気がうまく足されている。
もう一度来た時、少しわかった気がした。
これは、ふざけたいから置いているだけじゃない。上質な空間を、上質なまま終わらせないためのズレなんだと思った。きれいな空間を、きれいなまま終わらせない。落ち着いたものの中に、自分の感覚をちゃんと混ぜている。
その感じが、すごく好きだった。
私はたぶん、ただ変なものが好きなのではない。上質なものの中に、その人の好きなズレが混ざっているものが好きなのだと思う。落ち着いているのに、澄ましすぎていないもの。きれいなのに、ちゃんと引っかかるところがあるもの。抜けがあるのに、意志もあるもの。
家族も、その家を気に入っていた。娘は、その旅行の中で一番好きだった場所だと言った。それがすごく嬉しかった。自分だけが勝手に好きな場所ではなかったんだと思った。
誰でも好きになるような気持ちよさがあって、その中に、ちゃんとズレがある。
いつかこんな家に住もうね、と言った。半分本気で、半分夢みたいに。
白くて、海が見えて、風が通って、気持ちがよくて、でもどこかにちゃんと茶目っ気がある家。落ち着いたものの中に、自分の好きなズレがしっかり混ざっている家。
ダリの家は、全然変じゃなかった。
でも、ちゃんとズレていた。
text — homeflow編集部