ただいてもいい場所。

homeflow — place & air

お店では、何かを探している。

棚を見る。奥を見る。手に取る。なければ出る。そういう楽しさもあるけれど、何も探したくない時もある。

美術館で、作品を見る前に椅子を見てしまうことがある。あ、ここでぼーっとしたい、と思う。光が入っていて、床が静かで、壁と壁の間に少し余白がある。作品を見るために来たはずなのに、座っているだけでもいいような場所がある。

床を見て、ここを素足で歩いたら気持ちいいだろうなと思うこともある。今はさすがにしない。でも、木の床や、ひんやりした石の床を見ると、足の裏が先に反応する感じがある。

学生の頃は、その感覚に素直すぎて、本当に素足になってしまうことがあった。友達には普通に怒られていた。今思うと、そりゃそうだと思う。場所には場所の決まりがある。でもあの時の自分は、たぶん床を足の裏で感じたかったのだと思う。

お寺で靴を脱ぐと、少し体の入り方が変わる。畳や板の間に足が触れて、廊下の奥に庭の影があって、空気が静かに流れている。何かをしなくても、そこにいるだけでいい感じがある。

茶室は、もう少し凛としている。だらっとほどける場所ではない。小さな空間の中に、光や畳や道具の気配があって、こちらの呼吸も少し整う。緊張しすぎるのとは違うけれど、背筋が少し伸びる。

森の中では、高い木が上にあって、木陰が足元に落ちている。風が抜けて、緑がたくさんあるのに、目が疲れない。色とりどりなのに、うるさくない。木に守られている感じがして、体が少しほどける。

水が見えると、さらにうれしい。川でも、池でも、海でも。水辺があると、空気が抜ける感じがある。海は大好きで、広くて、音があって、風があって、見ているだけでだいぶ満足する。

何かを買わなくてもいい。見つけなくてもいい。うまく過ごさなくてもいい。ぼーっとしていてもいい。

そういう場所があるだけで、少し助かる。

ただいてもいい場所は、体が少し先に知っているのかもしれない。

text — homeflow編集部