片方ずつ違うのに、ちゃんと一組だった。

homeflow — socks & memory

昔、ポップアップストアのような場所で靴下を買った。

片方ずつ柄が違う靴下で、左右はまったく同じじゃない。なのに、なんとなくセットだとわかる。完全に揃っているわけではないのに、空気としてはちゃんと一組になっている感じがあった。

お店には、そういう靴下がいくつか並んでいた。どれも少しずつ違っていて、でもバラバラすぎるわけではない。ゆるくつながっている。その中から、これがいいなと思うものを選んだ。

あの感じが、すごく好きだった。

ブランド名も、どこで買ったのかも、もう覚えていない。同じものをもう一度欲しいけれど、探しきれない。もうないのかもしれない。

その靴下は、穴があいても捨てられなかった。

もう履けないのに、捨てるには惜しくて、しばらく取っておいた。高かったからでも、便利だったからでもなくて、左右が違うのにちゃんと一組だった、その感じが好きだったんだと思う。

買った時に、カレンダーのような、ポスターのような紙をもらった。

ポスターの中に、カレンダーが小さく入っているようなもの。絵がものすごく好きというより、その靴下を買った時の空気ごと残っている感じがして、なんかかわいくて、ずっと貼っている。

今は、トイレの窓辺にある。古い木の額を窓に立てかけて、その奥側、窓とのあいだに貼っている。

靴下はもうないのに、その時にもらった紙だけが、まだそこにある。

日付を見るためのものではないし、特別に大事な絵というわけでもない。でも見ると、あの靴下のことを少し思い出す。

片方ずつ違うのに、ちゃんと一組だったこと。

同じじゃないのに、なぜか合っていたこと。

そういうものが、やっぱり好きなんだと思う。

もう買えないかもしれないけれど、まだ好きなままでいる。

text — homeflow編集部