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ずっと、服が好きだと思っていた。
小学生の頃から服が好きで、中学生の頃も、高校生の頃も、大学生の頃も、ずっと服のことを考えていた気がする。何を着るか。何を合わせるか。靴はどうするか。バッグはどうするか。スカーフを巻くか、帽子をかぶるか。
雑誌を見るのも大好きだった。
いろんな服が載っていて、いろんなブランドがあって、どこのブランドがどういう感じの服を作るのか、興味のあるところはそれなりに知っていたと思う。知らなかったわけではない。むしろ、そういう情報を仕入れるのはかなり好きだった。
だから就職活動の時、アパレルも受けようかなと思った。
でも、その時に少し、あれ、と思った。
一年先に就職活動をしていた友達が、アパレルを受ける人たちは本当に服が好きな人ばかりだと言っていた。このブランドが大好きですとか、このブランドのここがいいとか、あのデザイナーの時が一番よかったとか、そういう話をみんなでしているらしい。
それを聞いた時、なんか違うなと思った。
私は服が好きだった。ブランドも好きだった。雑誌も見ていたし、欲しい服もたくさんあった。でも、どうしてもここを受けたい、というアパレルブランドがあったわけではなかった。ひとつのブランドにはまって、それだけを買いそろえたいわけでもなかった。
このブランドの世界に入りたい、というより、かわいいものを自分の中に持ってきて、ほかのものと合わせたい。
たぶん、そっちだった。
服が好きなのに、なんでだろうと思った。
結局、アパレルは一社しか受けなかった。その会社は、次の面談についてはまた連絡しますと言って、そのまま連絡をくれなかった。たぶん、私をそんなに欲しいと思っていなかったのだと思うし、私も、いい加減な会社だなと思って、そんなに行きたいとも思わなくなった。
それで終わった。
でも、そのあともなんとなく残った。
私は服が好きなはずなのに、服好きって言っていいのかな、という感じ。服が好きです、と言うには、何かが少し違う気がしていた。
服も好き。ブランドも好き。雑誌も好き。
でも、アパレルの人たちと同じ好き方ではない気がした。
そこがずっと、少しだけ引っかかっていた。
最近になって、やっと少しわかった気がする。
私は服が好きだった。
でも、服だけが好きだったわけではなかったのだと思う。
でも、それ以上に、これとこれを合わせた時に出る感じが好きだった。服と靴とバッグと布と髪と、その日の自分でできる空気みたいなものが好きだった。
少し変なものを入れた時に、急に抜ける感じ。
真面目な服に、少しふざけた布を合わせる感じ。
かわいいだけだと甘くなるところに、少し違うものを足す感じ。
そういうものが好きだったのだと思う。
だから、服屋さんそのものより、古着屋やリサイクルショップの方が楽しかったのかもしれない。きれいに世界観が決まっている場所より、いろんなものが混ざっている場所の方が、何かありそうな気がした。
いい生地のものもある。少し変なものもある。誰が着るのかわからないようなものもある。その中から、これとこれを合わせたらかわいいかもしれない、と思う。
そういう時間が好きだった。
服だけではなかった。
年賀状を作るのも好きだった。筆ぐるめで、年賀状らしい墨っぽい絵や、日本画っぽい素材の中に、思いっきりデジタルな女の人の絵を入れたりしていた。
今思うと、あれも同じだったのかもしれない。
ちゃんと年賀状らしいものに、全然違うものをひとつ入れる。
それで少し変になる。少しずれる。でも、その方が急にかわいく見えることがある。
服でも、年賀状でも、家の中のものでも、たぶん私は同じようなことをしている。
何かと何かを合わせる。
少し違うものを入れる。
その時に、空気が少し変わる。
それが好きだった。
だから、服が好きって言っていいのかもしれない。だけど、たぶん私は、服そのものだけが好きだったわけではない。
服を着た時にできる感じ。
ものを合わせた時に生まれる空気。
少し変なものが入って、急に力が抜けるところ。
そういうものが、ずっと好きだった。
あの頃、服が好きって言っていいのかなと思っていたけれど、今なら少しわかる。
私は服が好きだった。
そして、服の中で見ていたものを、今もずっと見ている。
text — homeflow編集部