透明感って、なんなんだろう。

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子どもの頃から、ガラスやビー玉や水が好きだった。 光が透けるもの、揺れるもの、温度が感じられるもの。 みんなそういうものが好きだと思っていたけれど、 どうやら好きの深さが少し違ったらしい、 と気づいたのは、だいぶ後のことだった。

大学の頃、白い服をよく着ていた。 全身真っ白なんて、当時はあまり誰も着ていなかった。 肌は焼かないようにして、色素の薄い髪にして、 ベージュやブラウン系のメイクをしていた。 誰かにどう見えるか、というより、 もっと自分の中のイメージだった気がする。 白い服を着ると、自分が少し透明になった感じがして、 それが好きだった。 あとから振り返ると、今で言う「透明感」に近かったのかもしれない。

あの頃の透明感には、 儚さや軽やかさや、 未来がまだ曖昧だった頃の空気も混ざっていたと思う。 若さの透明感は、確かにあった。 それは否定しようがない。

正直に言うと、未練もある。 何となく白い服を着るだけで、 持ち前の透明感みたいなものがすっと出ていた頃。 あの感じにまだ憧れる。 年齢も体型も変わって、肌にはノイズも増えて、 それは自然なことだとわかっていても、 あの頃の軽やかさは、やっぱり少し羨ましい。

でも、目指しているものの核は、 たぶん昔から変わっていない気がする。 透明で、揺らいでいて、光が通るような空気感。 ガラスや水に惹かれていた頃から、 たぶんずっと同じものを探している。

肌のノイズを減らして、 土台に、そういう空気を宿したい。 あの頃に戻りたいわけでもない、たぶん。 でも、なんかずっとそこに向かっている。

ガラスも、水も、年を取らない。 光の通り方は、変わらない。

年を重ねても、空気は凛としていられる。 そういう空気を、自分で作っていける気がしている。 なんとなく、ずっとそう思っている。

text — homeflow編集部