割れたものを、すぐ終わらせられない。

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お気に入りの器が割れると、悲しい。 でも、捨てられない。 金継ぎという選択肢を知ってから、 その「捨てられない」の感じが少し変わった気がする。

パカっと綺麗に割れると、 「継ぎやすそうで、ありがたい」と少し思う。 細かく砕けても、「いい感じの線になるかもしれない」と考えている自分がいる。 完全な失敗として見なくなった、というか、 割れた瞬間から、次の景色を少し想像するようになった。

でも、すぐ直すほどちゃんとしていない。 割れた器がしばらく生活に混ざっている。 気づくと、お気に入りだった欠けたものが少しずつ溜まっている。 欠けたままのマグカップ、ヒビの入ったお皿。 捨てるには惜しくて、でも途中のまま、そこにある。

金継ぎには、乾燥の工程がある。 ただ乾かすのではなく、少し湿気が必要で、 ダンボールの中に器を入れて、水を入れたコップを一緒に置いたりする。 そのコップを湿気用に入れたまま忘れて、 「なんかコップ少ないな」と思っていたら、 ダンボールの中に入っていたことがある。

途中で、普通に忘れる。 思い出した頃に「あ、次の工程やろう」と少し進む。 完成まで年単位になることもある。

目指しているのは、完成した姿の方だ。 欠けやヒビが景色になって、また生活の中で使えるようになること。 飾るだけの作品にしたいわけではなくて、 普通にそのへんで使いたい。 お気に入りだから、また手に取りたい。 そっちの方が、ずっと嬉しい。

ただ、金継ぎした器は電子レンジが使えなかったり、 少し扱いが変わる。 「好きだけど、前みたいには使えない」という距離感が、 なんとなく完成を急がせない部分もあるかもしれない。 理想の仕上がりを想像しながら、 でも生活との折り合いも少し考えながら、 そのあいだで止まっている感じ。

途中の工程にも愛着が出てしまうのは、 たぶんそういう時間が長いからだと思う。 金継ぎは、そういう感覚にちょうど合っていた。 なんか好きなんよね、という感じ。

text — homeflow編集部