カテゴリー: もの

  • レシートは、すぐ捨てたい。

    homeflow — wallet & paper

    レシートは、すぐ捨てたい。最近はそう心に決めている。

    もらったら、すぐ捨てる。いらないものは、財布に入れない。そう思っている。

    でも、なぜか一回財布に入れる。

    今ここでは捨てない。あとで捨てようと思って、財布に入れる。そして、だいたいあとで捨てない。

    レシート。領収書。受け取り証。クーポン。

    少しずつ違う顔をして、財布の中に入ってくる。

    これは一応いるかもしれない。返品するかもしれない。交換するかもしれない。金額を確認するかもしれない。このクーポンは、使うかもしれない。

    そう思っているうちに、財布がパンパンになる。

    財布を開けるたびに、なんか厚いなと思う。そしてある日、急に嫌になる。

    なんでこんなに入っているんだろう。

    そう思って、車の助手席でいきなり整理し始める。

    家に帰ってからやればいいのに。でも、その時に嫌になったのだから、もうその時にやるしかない。

    レシートを出して、領収書を出して、受け取り証を見て、クーポンを見て、これはもういいか、と思いながら分ける。

    たぶんほとんどいらない。

    でも、全部いらないとは言い切れない。返品とか、交換とか、なくもない。

    その「なくもない」が、けっこう強い。

    だから一回財布に入る。

    その一回が、けっこう強い。

    レシートは、すぐ捨てたい。本当にそう思っている。

    でも今日もたぶん、どこかでもらったら、一回財布に入れると思う。

    text — homeflow編集部

  • 好きは、急に変わらない。

    homeflow — memory & sense

    小学校高学年の頃、年の離れた従兄弟から服をもらうことがあった。

    従兄弟は小柄で、私は背が高かったので、大人の服でも着られるものがあった。

    今思うと、子ども服とは少し違う服だった。ギラッとした素材だったり、丈が短かったり、少し体に沿う形だったり。たぶん、その頃の流行の気配があったのだと思う。

    そういう少しクセのある服を、自分の好きな服の中に混ぜて着ていた。

    当時もたぶん、少しずらしていたのだと思う。

    小学校の先生に「それ、どこで買うの」と聞かれたことがある。嬉しかったのか、照れたのか、あまり覚えていないけれど、その場面だけ残っている。

    大人になってから、わかるようになったものもある。

    お皿や陶磁器、花瓶のような日用雑貨の良さは、料理をするようになってから少しずつわかってきた気がする。器に目が向くようになったのは、もう少し後のことだと思う。

    でも、選ぶものの芯はあまり変わっていない気がする。

    自分のスタンダードに、少しクセのある変なものを混ぜる感じ。

    その感覚は今の方が少し洗練されたかもしれないけれど、根っこは昔からたぶん、そんなに変わっていない。

    text — homeflow編集部

  • 爪は、結局自分でやっている。

    homeflow — nail & time

    爪は、結局自分でやっている。

    本当は、人に任せたい気持ちもある。座っていればきれいにしてもらえて、終わったら爪が整っている。それはそれで、かなりいい。

    でも、サロンに行くには予約がいる。

    子どもの予定を見て、夫の予定を見て、自分の空いている時間を探して、その時間にちゃんとそこへ行く。しかも、子どもたちの予定は急に変わったりもする。

    そこまで含めると、予約する前から少し遠い。

    サロンで過ごす時間も、楽しい時はある。でも、そうでもない時もある。気を使ってこちらから話したり、何かちゃんと過ごそうとしてしまったりするのが、結構しんどい時もある。

    だから、結局自分でやっている。

    家でやると、工程をちょびちょび進められる。今日はオフだけ。少し休んで、次に形を整える。色を塗るのは夜にする。そんなふうに、自分の生活の隙間に入れられる。

    もちろん、利き手が使えないのは結構大変だ。片手をライトに入れている間、もう片方で何かをしようとして、できない。細かいところも、思ったより時間がかかる。

    それでも、何かを自分でするのは嫌いじゃない。

    色を選んで、光り方を見て、少しだけ飾る。爪の中に、自分の小さい世界を作れるのも好きだ。

    手を動かすと、光の線がすっと走る。洗い物をしている時とか、何かを持った時とか、ちょっとした作業の途中でそれが見えると、少しウキウキする。

    しかも、材料代だけだとかなり安い。そこも、かなりいい。

    人に任せたい気持ちもある。でも今の私は、予約して出かけるより、家で少しずつライトを出す方を選んでいる。

    爪が変わると、手元が少し変わる。手元が変わると、いつもの動きも少し違って見える。

    その小さい変化くらいなら、自分で作れる。

    だから今日も、結局自分でやっている。

    text — homeflow編集部

  • 紙袋は、いる。たまる。

    homeflow — thing & paper

    紙袋は、いる。

    人に何かを渡す時にいる。ちょっとしたおすそ分けとか、借りていたものを返す時とか、子どもに何かを持たせる時とか。なくてもどうにかなる時もあるけれど、あると助かる。

    だから、置いておく。

    でも、置いておくとたまる。

    小さい紙袋、大きい紙袋、しっかりした紙袋、少しだけ可愛い紙袋。紙が厚めだったり、持ち手がちゃんとしていたり、色がよかったりすると、すぐには捨てられない。

    ちょっといい紙袋は、人に何かを渡す時に使う。あまりくたびれていなくて、ロゴが強すぎなくて、持った時にちゃんとして見えるもの。そういう紙袋は、なんとなく取っておく。

    でも、たくさんあるのに、いざ使おうとすると、ちょうどいいのがない。

    大きすぎる。小さすぎる。横に広すぎる。縦に長すぎる。持ち手が少しよれている。ロゴが目立ちすぎる。これはちょっと違うな、と思って戻す。

    紙袋は、あるだけではだめらしい。

    ちょうどいい紙袋がいる。

    その「ちょうどいい」が、なかなか難しい。入れたいものがすっと入って、持った時に変じゃなくて、相手に渡しても大げさすぎないもの。そういう紙袋は、あるようであまりない。

    だから結局、また置いておく。

    いるから置いておく。置いておくから、たまる。たまっているのに、ちょうどいいものは少ない。

    紙袋って、そういうものなのかもしれない。いると言いながら、たぶん少しだけ、捨てる決断を先延ばしにしている。

    text — homeflow編集部

  • 小さいスプーンは、つい買ってしまう。

    homeflow — thing & table

    小さいスプーンは、つい見てしまう。

    デザートスプーンとか、ティースプーンとか、大きいスプーンより少し小さいもの。何に使うのかは一応あるけれど、なくても困らないようなもの。でも、かわいいものがちょいちょい現れる。

    小さいものは、なんであんなにかわいいんだろう。

    食器屋さんでも、雑貨屋さんでも、旅先でも、小さいスプーンがあると見てしまう。形が少し変わっていたり、持ち手がかわいかったり、金属の色がよかったりすると、つい気になる。

    スペインでも買った。かわいいと思って。

    でも、帰ってきて使ってみたら、軸とさじの部分が一体ではなかった。たぶん、何かでとめてあったのだと思う。蜜蝋みたいなものなのか、接着剤なのか、よくわからない。

    それを、普通に食洗機に入れた。

    そしたら、何かがゆるんだのか、溶けたのか、さじの部分が回るようになった。正面を向いてくれない。持ち手はまっすぐなのに、さじだけ少し横を向く。

    かわいいと思って買ったのに、実用としては少し頼りない。

    なんとものを見る目のないことよ、と思う。

    でも、そういう失敗をしても、小さいスプーンはまた見てしまう。なくても困らないのに、あると少し嬉しい。デザートを食べる時でも、ヨーグルトを食べる時でも、ちょっとしたものをすくう時でも、大きいスプーンより小さい方がいい時がある。

    小さいスプーンには、少しだけ余分なかわいさがある。

    ちゃんと役に立つものとして買っているつもりなのに、たぶん半分くらいは、かわいいから買っている。そこが危ない。でも、そこが好きなのだと思う。

    またどこかで、ちょっとかわいい小さいスプーンを見つけたら、たぶん手に取ってしまう。

    今度は、さじが回らないかだけは、ちゃんと見ようと思う。

    text — homeflow編集部

  • 小さいガーゼが、家にある。

    homeflow — living & texture

    15センチ四方くらいの、小さいガーゼハンカチを家に置いている。

    ご飯の時にお絞り代わりに使ったり、少し何かを拭く時に使ったり。朝、出発前に子どもの口の周りが少し汚れている時は、濡らしてさっと拭く。化粧品のコットン代わりに使うこともある。

    特別に意識しているわけではないけれど、気づくと手に取っている。なんとなく家にあって、なんとなくみんな使う。そういう布だ。

    ティッシュでいい場面もある。でも、ガーゼの方が気持ちいい時がある。うまく説明できないけれど、何かを拭く時に、ティッシュよりガーゼの方がしっくりくることがある。

    手触りなのか、厚みなのか、よくわからないけれど、なんかそういう感じがある。

    洗濯機で洗うと、シミも残らず綺麗になる。白い小さい布が、また普通に使えるようになる。それだけのことなんだけど、なんか好きだ。

    うちは、なんとなくガーゼがある。

    すごく使いやすいのだ。

    text — homeflow編集部

  • 保冷剤は、夏になると出番が来る。

    homeflow — family & season

    小さい保冷剤は、気づくと増える。

    ケーキを買った時。
    デパートの地下で何かを買った時。気づくと、冷凍庫の隅に溜まっている。

    でも、増えすぎたらもう諦めて捨てる。
    意外と、そこはちゃんと管理していると思う。

    ちゃんと買った大きい保冷剤もある。

    ただ、それは一年中冷凍庫に入っているわけではない。冬のあいだは使わないので、常温で置いてある。

    でも夏になると、急に冷凍庫に現れる。

    昔は、大きい保冷剤を旦那が五、六個冷凍庫に入れていた。
    普通に文句を言われるやつだ。

    ただでさえ夏の冷凍庫はいっぱいなのに、そこへ大きい保冷剤がどんと入ってくる。

    本気で邪魔だ。

    いろいろあって、今は二つくらいでなんとか落ち着いた。
    それでも急に現れると、今でも少しイラッとする。

    でも、使う。

    子どもが試合の日は、クーラーバッグに保冷剤を入れる。
    水筒、タオル、軽食。暑い日の試合の準備物は多い。

    そういう日に、冷凍庫にいた大きい保冷剤が急に頼もしくなる。

    普段は邪魔なのに。
    急に頼もしい。

    なんなん。

    綺麗な夏ではない。
    準備物が多くて、少し大変な夏だ。

    でも、保冷剤はいる。

    好きとか、安心するとかではない。
    いるからね。
    いるよね、夏は。

    イラッとするけど、使う。

    夏の家族を、裏側で支えている感じがする。

    邪魔者だと思っていたのに、結構頑張ってるかも、と毎年思う。

    text — homeflow編集部

  • 小玉スイカが、ちょうどいい。

    homeflow — kitchen & season

    子どもたちはスイカが大好きだ。

    赤いところを夢中で食べる。小さい手で持って、種を気にしたり、気にしなかったり。
    どんどん食べる。

    それを見ていると、夏だなと思う。

    私は食べられそうな時に、子どもたちと一緒に少し食べるくらい。

    旦那は、スイカがあまり好きじゃない。

    だから、子どもたちがほとんど食べている。

    食べ切れなかった分は容器に入れて冷蔵庫へ。
    皮も出る。

    まぁ、いっか、と思いながらやっている。

    大きいスイカは冷蔵庫に入らない。だって入らんもん。
    だから、自然と小玉スイカになる。

    でも、小玉スイカって、なんか可愛い。

    ころんとしていて、切ると中がぱっと赤い。
    大きすぎないのに、ちゃんと夏が入っている。

    出始めのおいしい時期の小玉スイカが、特に好きだ。

    子どもたちが赤いところを夢中で食べている。
    ころんとした小玉スイカが、少しずつなくなっていく。

    それだけで、少しうれしい。

    大きな夏じゃなくていい。
    うちに入るくらいの、赤くて可愛い夏。

    これくらいが、うちにはちょうどいい。

    text — homeflow編集部

  • 甘くないシュワシュワが好き。

    homeflow — kitchen & drink

    うちにはソーダストリームがある。
    炭酸水をたまに買うというより、家で作る。かなりよく使っている。

    ジュースみたいに甘くない。
    水より少し楽しい。
    お茶とも違う。

    甘くないのに、シュワシュワしている。
    それが最高だ。

    自分が炭酸水を好きだからか、子どもたちもかなり小さい頃から飲んでいた。

    一人は1歳前後から欲しがって、「おいしい」と言って飲んでいた。本当に?と思いながらも、まあ水だしな、と思ってあげていた。

    別の子は5歳くらいの頃に、もらったカボスを炭酸水に絞って飲んで、「ジュースみたいでおいしい」と何杯もおかわりしていた。

    知り合いにその話をしたら、その家の大きい子でも、それは飲めなかったらしい。たぶん、そちらの方が普通の感覚なのかもしれない。

    最近は、ビールの代わりに炭酸水を飲むことが増えた。
    ビールは好きではあるけれど、最近は、なくてもまあいいかと思う日が増えた。

    その代わりに炭酸水。
    でも、これがちゃんとおいしい。

    生姜シロップやレモンシロップを割る時にも使うけれど、シロップがなくても普通に飲む。

    むしろ、ただの炭酸水が好きだ。

    甘いものはいらない。
    でも、水だけだと少し物足りない。
    お酒じゃなくてもいい。

    そういう時に、甘くないシュワシュワがある。

    ただの炭酸水なのに、ちゃんとおいしい。
    水より少し楽しくて、ジュースほど甘くない。

    たぶん、そこがいい。

    text — homeflow編集部

  • 瓶の中に、季節の色が入っている。

    homeflow — kitchen & season

    毎年きっちり並ぶわけではない。
    作る年もあるし、気づいたら通り過ぎている年もある。うまくいく時もあれば、かびたり、残ったりすることもある。

    でも、瓶の中に季節の色が入っている景色が好きだ。

    生姜シロップは、新生姜の時期に作ることが多い。炭酸で割ると、ジンジャーエールになる。

    本物っぽいジンジャーエールを飲んだ時の嬉しさが、子どもの頃からある。自分でも作ってみるけれど、子どもには「辛い」と言われる。結局、自分が飲むことが多い。

    甘い中に、生姜のきりっとした辛さが少し残る。
    その感じが好きだ。

    レモンシロップは、地元のレモンをたくさんもらうことがあって作る。

    レモンが瓶の中で黄色く重なっているのを見ると、少しうれしい。子どもたちは、これが一番喜ぶ。

    ただ、全部がちゃんとシロップに浸かっていなかったりする。上の方が少し浮いていて、あ、と思った時にはもう怪しいこともある。

    それでも、たぶん一番作っている。

    赤しそシロップは、砂糖を思いきり減らして自分用に作る。その方がすっきりしておいしい。

    子どもたちはあまり飲まないし、自分も甘い飲み物をそんなに飲まないから、しばらく残っていることもある。でも、少し疲れた時に飲むとおいしい。

    そして何より、色が本当にきれいだ。
    あの赤紫が水の中に広がる感じが好きだ。

    シロップを作ること自体が目的というより、新生姜の琥珀色、レモンの黄色、赤しその赤紫が、瓶の中に入っている景色が好きなのかもしれない。

    ちゃんと続く手仕事というより、その時期に少しだけ色を閉じ込めておく感じ。

    うまくいく時もある。
    かびる時もある。
    残る時もある。

    でも、瓶の中に色があると、なんかうれしい。

    text — homeflow編集部