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  • 瓶の中に、季節の色が入っている。

    homeflow — kitchen & season

    毎年きっちり並ぶわけではない。
    作る年もあるし、気づいたら通り過ぎている年もある。うまくいく時もあれば、かびたり、残ったりすることもある。

    でも、瓶の中に季節の色が入っている景色が好きだ。

    生姜シロップは、新生姜の時期に作ることが多い。炭酸で割ると、ジンジャーエールになる。

    本物っぽいジンジャーエールを飲んだ時の嬉しさが、子どもの頃からある。自分でも作ってみるけれど、子どもには「辛い」と言われる。結局、自分が飲むことが多い。

    甘い中に、生姜のきりっとした辛さが少し残る。
    その感じが好きだ。

    レモンシロップは、地元のレモンをたくさんもらうことがあって作る。

    レモンが瓶の中で黄色く重なっているのを見ると、少しうれしい。子どもたちは、これが一番喜ぶ。

    ただ、全部がちゃんとシロップに浸かっていなかったりする。上の方が少し浮いていて、あ、と思った時にはもう怪しいこともある。

    それでも、たぶん一番作っている。

    赤しそシロップは、砂糖を思いきり減らして自分用に作る。その方がすっきりしておいしい。

    子どもたちはあまり飲まないし、自分も甘い飲み物をそんなに飲まないから、しばらく残っていることもある。でも、少し疲れた時に飲むとおいしい。

    そして何より、色が本当にきれいだ。
    あの赤紫が水の中に広がる感じが好きだ。

    シロップを作ること自体が目的というより、新生姜の琥珀色、レモンの黄色、赤しその赤紫が、瓶の中に入っている景色が好きなのかもしれない。

    ちゃんと続く手仕事というより、その時期に少しだけ色を閉じ込めておく感じ。

    うまくいく時もある。
    かびる時もある。
    残る時もある。

    でも、瓶の中に色があると、なんかうれしい。

    text — homeflow編集部

  • チューブじゃなくて、生姜を刻みたい。

    homeflow — kitchen & scent

    チューブは早い。
    冷蔵庫から出して少し絞ればすぐ使える。
    忙しい時には本当に助かる。

    でも、生の生姜を刻むと、香りが違う。
    包丁を入れた瞬間に、少し辛くて、青くて、きりっとした匂いが立つ。
    それだけで、料理の空気が少し変わる。

    常備しておきたいけれど、生姜はよくだめにしてしまう。

    最近は水につけて保存している。
    そうすると前よりずっと持ちがいい。
    でも、料理はしているのに生姜を刻む気力がない日がある。
    そういう日が続くと、水につけていても、結局だめにしてしまうことがある。

    だから半分諦めて、生姜パウダーも常備している。

    チューブにした方が楽なのは分かっている。
    生姜パウダーがあると安心するのも分かっている。
    でも、できる時はやっぱり生姜を刻みたい。

    毎回ちゃんとやりたいわけではない。
    ただ、あの香りが立つ瞬間を、少し生活に残しておきたい。

    生姜シロップやジンジャーエールを作る時も、たぶん同じだ。
    甘くしても、炭酸で割っても、生姜のきりっとした香りがちゃんと残る。

    でも、まずは生姜をだめにしないところからかもしれない。

    text — homeflow編集部

  • 実家の和室は、風が通る。

    homeflow — summer & air

    最近の真夏は、さすがに少ししんどい。
    昔みたいに、夏は全部気持ちいい、という感じでもない。

    でも、それでも実家の和室は、ふとした時にすごく気持ちいい風が抜ける。

    和室と裏口を開けると、家の中を風がすーっと通る。
    クーラーの涼しさとは少し違う。
    空気そのものが動いて、家の中の熱が少し抜けていく感じ。

    畳の上に寝転ぶと、窓の外に山の緑が見える。
    それがまた、すごく気持ちいい。

    特に好きなのは、夏休みの昼下りだ。

    子どもたちと庭のプールで遊んで、
    そのあとシャワーを浴びて、
    冷たい麦茶を飲んで、
    和室にごろんと寝転ぶ。

    あの時間、本当に至福だなと思う。

    何か特別なことがあるわけじゃない。
    ただ、風が通って、体の熱が少し引いて、
    お風呂上がりの肌に畳の空気が触れて、
    冷たい麦茶がおいしくて、
    目に入るのは山の緑。

    それだけなんだけど、
    夏っていいな、と思える瞬間がちゃんとある。

    今の家は街の真ん中で、
    窓の外に山の緑が見えるわけではない。

    だからこそ、実家の和室のあの景色と風は、
    今思うとかなり贅沢だったんだなと思う。

    静かすぎるわけでもなく、
    自然だけの場所でもない。

    でも、家の中を風が抜けて、
    畳の上で少し呼吸が深くなる感じがある。

    あの和室が好きなのは、
    風なのか、景色なのか、
    夏休みの夕方の記憶なのか、
    まだ少し分からない。

    でも、あそこにごろんと寝転ぶと、
    なんか全部ちょうどよかった気がする。

    text — homeflow編集部

  • 冷凍庫に、たまに夏が入っている。

    homeflow — kitchen & season

    いつもアイスを常備しているわけではない。
    でも夏に買い物へ行くと、ガリガリ君風の激安ソーダアイスをつい買う。
    安くて、子どもたちが喜ぶ。

    チューチューも買う。
    かさばらないし、冷凍庫のすき間に入れやすいから、夏になるとなんとなく買ってしまう。

    たまに、ヨーグルトに冷凍フルーツを混ぜて、少し体に良さそうなアイスを作ろうかな、と思う。
    子どもたちも好きそうだし、よさそうだ。

    でも、たぶん面倒で続かない。

    だから冷凍庫には、結局ソーダアイスとチューチューが入っている。

    冷凍フルーツも、よく買う。
    季節はあまり関係ない。
    ちょっと冷たいものが欲しい時や、果物をだめにしたくない時に、あると少し安心する。

    夏になると、そこにソーダアイスとチューチューが混ざる。
    冷凍庫の中が、少しだけ子どもの夏っぽくなる。

    高級なアイスでも、特別なおやつでもない。
    でも冷凍庫を開けた時に、そういうものが入っていると、少しだけ夏っぽい。

    冷凍庫には、冷凍フルーツがある。
    夏になると、ソーダアイスとか、チューチューとかも入ってくる。

    特別なおやつではないけれど、扉を開けた時にそれが見えると、少しだけ冷凍庫の景色が変わる。

    あ、夏だな、と思う。

    text — homeflow編集部

  • うちは、なぜか麦茶が沸く。

    homeflow — kitchen & flow

    本当はさんぴん茶とか、プーアールとか、ウーロン茶みたいな、中国茶っぽい香りのあるお茶が好きだ。
    でも家では、なぜか麦茶が沸く。

    子どもたちは水でもいいと言うことが多い。
    麦茶派の子も、「お茶なら麦茶」くらいで、水でも大丈夫そうだ。

    それでも旦那は麦茶を沸かす。
    しかも、沸かしている本人がそんなに麦茶を飲んでいるわけでもない。

    水でいいやろ、と思う。
    でも気づくと、冷蔵庫に麦茶がある。

    自分も昔から、家にはお茶があるものとして育ってきた。
    お茶があれば飲むし、なければ自分も結局沸かしている。

    誰かが強く望んでいるわけでもないのに、麦茶は続いている。
    家の謎ルール、みたいな感じだ。
    なんでなん。

    ただ、麦茶をガラスのカラフェに入れているところは少し好きだ。
    ガラスの中に麦茶の色が入ると、ただの麦茶でも少しきれいに見える。
    生活感のある飲み物なのに、カラフェに入ると少し空気が変わる。

    好きなお茶は別にある。
    でも家には、なぜか麦茶がある。

    水でいいやろ、と思うのに、
    なくなると、たぶんまた誰かが沸かす。

    その麦茶がガラスのカラフェに入っていると、
    少しだけ自分の好きな空気に戻る感じがする。

    なんで麦茶なんだろう。
    でも、あるんよね。

    text — homeflow編集部

  • おにぎりは、だいたい大きくなる。

    homeflow — kitchen & living

    木のトレーや竹のザルに、小さなおにぎりをきれいに並べるのは好きだ。ごくたまにやると、やっぱりいいなと思う。

    白いごはんと海苔だけなのに、木や竹に置くと少し空気が出る気がする。

    でも実際の家のおにぎりは、だいたい大きい。一人一個。大きめに握って、ぼん、と置く。きれいに並べるというより、とりあえず足りるように作る。

    ラップのまま置く日もある。お皿に置く日もある。キッチンに並んでいるだけの日もある。好きな置き方はあるけれど、毎回そんなふうにはできない。

    それでも、おにぎりがあると少し安心する。きれいじゃなくても、ちゃんと家のごはんという感じがする。大きくて、少し現実的で、でもそれがなんか好きだ。

    text — homeflow編集部

  • 朱色が好き。

    homeflow — thing & color

    赤が好きだと思っていた。でも振り返ると、本当に心に残っているものは、朱色が多かった。

    大学に入った頃、姉と買い物をしていて、ものすごく好きな靴を見つけた。スペインのインポートの靴で、つま先が丸くて、白い革紐で縁取りしてあって、正面でリボン結びになっていた。セールになっていて、姉に誕生日プレゼントで買ってもらった気がする。その時は赤い靴だと思っていたけれど、今思えば朱色だった。いつかオーダーメイドしたいくらい好きで、今も捨てられずにいる。

    その後、代官山を一人で歩いていた時に、古着屋でまさに好きな色のブラウスを見つけた。一点ものの古着で、「え、これ着ないと」と思った。でも時間切れで戻れず、そのまま買えなかった。ずっと心に残っている。今思えば、あれも朱色だった。

    最近まで長く履いていたミモレ丈のスカートも、赤いスカートだと思って買った。でも人には「そのオレンジのスカートいいね」と言われた。あとから、これも朱色だったんだと気づいた。10年以上履いた。何度かお直しをしたけれど、最後は生地が傷んで裂けてしまって、数ヶ月前に手放した。今でも同じものが欲しいくらい、忘れられない。

    赤だと思っていた。でも、少しオレンジが入っている。人からはオレンジと言われることもある。でも自分には、やっぱり赤に見える。その間にある色。朱色は、赤より少しやわらかくて、オレンジより少し色気がある。派手なのに、どこか古くて可愛い。

    白やガラスや水色の空気の中に入ると、少しだけ空気を動かしてくれる。運命的に好きだったものを思い返すと、なぜか朱色が多い。赤が好きだと思っていたけれど、たぶんずっと、朱色が好きだったんだと思う。

    text — homeflow編集部

  • やっぱり、派手なものも好きだった。

    homeflow — thing & color

    うちの器は基本的に、白や無地、落ち着いたものが多い。やちむんみたいに少し柄があるものもあるけれど、全体的には静かな感じだ。でも、そこに少し派手なお皿が混ざると、テーブルの空気が急に楽しくなる。

    伊万里焼や鍋島焼みたいな、赤や金や柄が入った華やかな器は、少しくどいのかなと思っていた。でもセカンドハンドのお店で、懐石料理に出てきそうな小さなお皿を見つけて置いてみたら、なんかよかった。白い皿の中に、少し色と柄が入る。それだけで、食卓が少し動く感じがした。

    派手なら何でもいいわけではない。色や柄が入っていても、自分の家の空気にすっと混ざるものと、少し浮いてしまうものがある。

    白い皿の中に、少し派手なものが入る感じも好きだ。でも、派手なもの同士が並んでいるのに、なぜか重くならない時もある。その違いがどこにあるのかは、まだよく分からない。

    でもたぶん、そこにも何かしら抜けがある気がする。

    余白ばかりだと、少しさみしい。でも派手なものばかりだと、たぶん重い。余白の中に、少し派手なものがあるくらいが好きなのかもしれない。ニワトリのスカートと、たぶん同じ感じだ。

    うちは、そろいのお皿があまり多くない。おばあちゃんちから持ってきたガラスの器みたいに、セットで数があるものもある。でも自分で買う取り皿や小皿は、人数分きっちり揃えることをあまり意識していない。一枚だけ買ってみる。二枚しかないから、とりあえず二枚買う。そういう買い方が多い。

    食卓に違う器が混ざる感じが可愛い。揃っていないけど、ばらばらでもない。同じシリーズではないのに、なんとなく同じ空気がある。そういう食卓が、自分の家の感じに合っている気がする。

    text — homeflow編集部

  • コップは、透明な方が好きだけど。

    homeflow — thing & time

    ガラスのコップは、透明な方が好きだ。綺麗に光を通してくれる方がいい。使っていると傷がついて、だんだん曇ってくる。洗っても綺麗にならなくなる。それを単純に「綺麗」と思うわけではない。だいたいはそこまで曇る前に割れてしまう。だから、白く曇ったコップを見ることはあまりない。

    でも、実家でそれを見た時に、少し愛着が湧いた。

    実家では、同じ種類のコップを何代も買い足して使っている。だから、そのコップがいつからいたものなのか、もうよく分からない。ほとんどはまだ透明だったり、少し傷があるくらい。でも、2〜3個だけ、真っ白に曇っているものがあった。

    それを見て、「そうか。頑張ってくれたんだね」と思った。きっと、私たちが子どもの頃から、何万回も飲み物を入れられて、洗われて、また使われてきたのかもしれない。本当のところは分からない。でも、いつからいたか分からないからこそ、そうやって少し思いを馳せる感じがいい。

    透明なガラスが好きだ。綺麗に光が通る方がいい、というのは今も変わらない。でも、使われて白く曇ったコップには、綺麗さとは別の何かが残っている気がする。劣化ではなく、時間、みたいな感じ。

    text — homeflow編集部

  • 窓の外の緑くらいが、ちょうどいい。

    homeflow — green & air

    緑はすごく好きだ。都会も好きだし、街の便利さも嫌いではない。でも、週末くらいは緑を見ながらゆっくりしたいと思う。今の家は街の真ん中にあって、窓から緑があまり見えない。だから余計に、実家の窓から見えていた山の景色を、最近すごく思い出す。

    実家は住宅街だけど、少し高い位置にあって、自分の部屋の窓からは山がよく見えた。山との間には家がたくさんあるはずなのに、地形の関係でほとんど見えず、山だけが視界に入った。最近になって、あれはかなり奇跡的な景色だったと思う。その窓からの山が、今でもすごく好きだ。

    家の中にも植木鉢がたくさんあった。母は昔から植物を育てるのが好きだったんだと思う。でも、その植物は子どもの自分には少し”禁断”だった。葉っぱを触ったりしたら怒られそうで、あまり手が出せなかった。その感じが今も少し残っているのかもしれない。

    部屋に緑がある景色はすごく好きで、何度か自分でも育てようとした。でも、やっぱりうまくいかない。水やりを忘れて、気づいたら枯れている。ものを育てるのは、あまり得意ではないんだと思う。花を枯らすのと、たぶん同じ感じだ。

    だから枝ものに手が伸びやすい。育てなくていいし、空気がある。そこに置いておくだけで、少し緑の気配がする。

    育てる緑より、そこにあってくれる緑の方が、自分には合っているのかもしれない。窓の外の山でも、庭の木でも、誰かの家の緑でも。自分で管理しなくていい緑に、安心している気がする。

    部屋に緑がある景色は今も好きだ。でも、窓の外の緑くらいがちょうどいい、自分で持つには、少し重いというのが、たぶん自分に正直な感じだと思う。

    text — homeflow編集部